2016年09月24日

一番の大仕事

午前中、これで何度目かになるご近所のお宅へ本の引取りに。

何しろ大きなお住まいで、建てられた先代はアメリカ勤務の間、住んでおられた家のスケールを、そのまま持ち込まれたらしい。

本棚がある主寝室は、およそ20畳。天井まである造り付けの大きな書棚に、前後2列、時には3列の本や雑誌が、まだ結構数多く詰まっています。

今回は大判の本を中心に、15束ほどを選り出しました。縛り終えたものを、ここも広い玄関まで持ち出し、3坪ばかりはある、たたきの隅に積み上げ、ひとまず店に。

初めから、そういう手順のつもりでした。まず伺って本を縛り、後から車で取りに来る。

ところがこの日、新たにお住まいになるご家族のための改装工事が入っていて、玄関前は工事車両で塞がっています。

RIMG1383作業が終わり、前が空いたらお電話をくださいと申し上げ、店に戻ったのですが、お昼を済ませ、片付け仕事をしているうちに今日もまた雨が降り出し、次第に雨足も強まるばかり。

結局、お電話がかかってきたのは午後4時もまわったころ。雨はいくらか小止みになっていましたが、積み下ろしで濡れた地面を往復するのは、先様にもご迷惑だろうと考え、明日の引取りでよろしいでしょうかとお尋ねしました。

こころよくご了承いただいたのですが、あの広い玄関先なら、1日くらい、さして邪魔にもならないだろうとは思います。

それより、引き取ったものを店内に積み上げたら、通路をふさぐこと間違いなし。置き場所を作るのが一番の大仕事。頭がいたいところです。

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2016年09月23日

スマホ対応

来週一週間は、一新会大市のため通常市はお休み。というわけで明治古典会は今日が9月の最終市でした。

振り市も行われ、なかなかの活況であったとは、夜、月に一度の恒例となった会食の席で、同僚から聞いた話です。

会食の前にはミーティングもあったのですが、今日は店主、午後2時からTKI の定例会議のため、明古には、まるで顔を出せませんでした。そのため市のお話もできません、あしからず。

RIMG1353さてそのTKI 会議ですが、もっか急浮上してきた、一番ホットなテーマはスマホ対応。

今やEコマースの主役は、ほぼスマホが、PCに取って代ったと言われています。主要な販売サイトも、ことごとく力点はスマホに向けられているようです。

そうした中にあって、わが「日本の古本屋」の顧客は、依然としてその7割以上がPC利用者だという集計が出ております。このことはまた、登録会員の同じく約7割が50歳以上という推計と、不思議な一致を見せています。

ここで余談となりますが、今朝見たTVニュースで、タクシー運転手さんの5割が60歳代であるという、右方向に偏った山形のグラフを目にしました。

思わず、古書組合員のグラフを頭に描いてみて、ほとんど大同小異ではないかと思ったことです。

さらに余談ですが、その昔、即売展仲間と旅行をして宴会となった時、お運びさんに「どんな集まりですか」と聞かれ、「当ててご覧」と誰かが応ずると、「タクシーの運転手さんですか」と答えられたことを思い出しました。

本題に戻れば、かように山が右に偏った業界とはいえ、これからの商売を考えると、新しいネット顧客層を開拓できるか否かは、死活問題となってきます。

そこで、スマホ専用の画面作りが急がれるというわけです。

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2016年09月22日

買わないからね

「今日は買わないよ、見るだけだからね」

そう言って、お子たちにジャンクおもちゃを触らせる親御さんは、時折おられます。店先に並べている以上、こちらとしても「見るだけならお断り」などと申し上げるつもりはありません。

また、そういう親御さんは、大抵気遣いのある方で、乱暴な扱いをしないよう、注意も忘れません。時に過剰なほど声をかける方もいらっしゃいますが。

それでも、見て、触っているうちに欲しくなるのは子の常で、「欲しい」「ダメ」の、やり取りが始まることも、珍しくはありません。むしろその方が多い。

それをどう解決するかは、またさまざまで、問答無用とばかり連れ帰る方もいれば、おねだりに負けて、「ひとつだけだよ」となることもあります。

一般的にお母さんは問答無用型、お父さんはこじらせ型、お祖父ちゃんお祖母ちゃんの場合は、ほとんど根負けというのが、これまで見てきたところです。

RIMG1291今日は雨も降りしきって午後4時頃まで、通りかかる人すらまばらでした。

いくらか小止みになった頃、二人の男の子とお母さんが店の前に来ると、子たちは一目散にミニカーの方へ。

しばらく見ているうちにお兄ちゃんが何やら欲しそうにしたのでしょう。すかさず「ダメ、うちに沢山あるでしょう」。それでもぐずっていると、「新しいのが欲しかったら、うちにあるものを全部片付けてからにしなさい」。

とはいえお母さん、連れ帰る気はなさそうです。次第に子たちの扱いが乱暴になってきました。やがて取り落としたのか、ガツンという音。

「売ってるものだからね」と注意をされているお母さんに、出て行ってご帰宅を促したのでした。

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2016年09月21日

緊急特需

昨日も一昨日も、連休疲れに加えて台風がらみの悪天候で、情けなくなるくらい店売りが低調でした。

何しろ人がいない。昨日などはレジを打ったのがたった一回!それも家人が店番をしているあいだのことで、店主が市場から戻って以降、店を閉めるまで、まるで音なしでした。

今年は例年以上に天候が不順な気がすると、同業が顔を合わせればそんな話になるのも、どこの店も程度の差はあれ、同じような状況にあるからでしょう。

今日も、台風は過ぎたというのに相変わらずはっきりしない、どんより曇った空模様で、この分では3日連続で、家賃どころか、光熱費レベルの売り上げかと、暗い気分で店を開けました。

するとお昼時、若い男性が店内に入ってきて、表の100円のペーパーバックを全部欲しい、とおっしゃいます。棚2つ並んでいるうち、1つの棚に100円の看板が出ておりますので、そちらを丸ごとというわけです。

RIMG1377最下段には日本書も少し並んでおりましたので、無論それは別。しかし、隣の棚もほとんどが100円だと分かると、そちらからも少し抜き出しました。つまりちょうど1棚分欲しかったのでしょう。

箱に詰めながら数えると、締めて180冊。領収書を書く際に伺うと、すぐ近くに事務所を持つデザイン会社の方と分かりました。

近頃はディスプレイ需要も、あれこれ注文が多くなり、一方で仕入れは競争相手が増えて、簡単には買えなくなっています。

あるものを選ばずに買っていただけるのは、実にありがたい。昔は、こんな感じだったのだが、などと往時のディスプレイ特需を思い出しておりました。

実は、我が家のトースターが使えなくなり、今回、思い切って「ピカイチ」推薦機種を購入しました。奇しくもそれが、この金額。天の配剤というべきでしょうか。

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2016年09月20日

歌手と魔術師

しばらく前のこと、若い同業が、興奮冷めやらぬ口調で仲間にマジック体験を語っておりました。小さなクラブだかスナックだか、テーブルマジックを売りにしている店に行ったそうです。

その証拠と言って、1枚の10円硬貨を皆に見せたのですが、それは中ほどから「くの字」に折れ曲がっておりました。何でも、名前を書いた10円玉を手に握らせ、次に開いて見よと言われて掌を開くと、曲がっていたそうです。

書いた名前はすでに消えておりましたが、その時は確かに名前も残っていて、すり替えたものではありえないと言います。

聞いていた仲間たちは、「警察に捕まるぞ」という突っ込みを入れるのがせいぜいで、どう見ても本物らしい、人の力では曲がりそうもない10円硬貨を、いつまでも眺めまわしておりました。

店主も一度だけ同じような店に行ったことがありますが、確かにすぐ鼻先で繰り広げられる様々なマジックは、驚きを超えて、畏怖を感じる瞬間さえあったことを記憶しています。

72461bさて魔術師は本を読むのか。もちろん読書家のマジシャンもいれば、そうでない人もいることは当然です。しかし蔵書票まで拵えている魔術師がおりました。

72461Webで調べると、Stanley Collinsは魔術本のコレクターとして、つとに著名であったようです。

本書はアマチュア研究家らしいSir Louis Forbes Fergussonによる小著Old time music hall comedians(1949)で、寄席芸人であり歌手であったRandolph Suttonに贈られたものですが、それがどういう経緯か、魔術師の手に渡ったらしい。

歌手より魔術師の方が、3年ほど早く没していますから、歌手は生前、この本を手放していることになります。譲ったのであれば、その旨識語があっても良さそうですから、持ち主が代わるについて、どのような事情があったのか、興味を惹かれるところです。

しかしこの蔵書票、どこかで見たような気がしてきました。

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2016年09月19日

英語出版のわけ

72582未整理の山に、この一冊がありました。

The vowel : its nature and structure.
Phonetic Society of Japan, 1958.

ネットで検索してみると、日本語版が出ております。「日本の古本屋」で調べると、何と、2点だけヒットしたうちの1冊は小店の出品でした。

『母音:その性質と構造』(千葉勉, 梶山正登著 ; 杉藤美代子, 本多清志訳、岩波書店2003年)

自分でつけておいてなんですが、版元品切れで定価以上。結構良い値段です。登録したのは4ヶ月ほど前。

今まで積んでおかれたというのは、おそらくこういうことでしょう。

初めに英語版を入手した。日本人が英語で書いた研究書で、市場性のある本は多くありません。その上、検索すると日本語版が出ている。さらに売りにくい。その後日本語版が手に入った時には、原著(正確には再版)の存在を忘れていた――。

英語版を手にして、あらためて考えました。半世紀もたってから翻訳されるというのは、よほど価値のある本なのだろうかと。

そこで日本語版をひっぱり出し、「訳者序」を読んでみました。そうして分かったのは「原著は、欧米では、関連論文には必ず引用され、世界的な名著の一つとされてき」たということ。また「解説」には「音声研究史上不朽の名著として記憶されている」とも。

原著の初版は1941年。序文には次のように記されています。

We take this opportunity to add that we publish this book in English in the hope that it may appeal to the greatest possible number of readers both at home and abroad.

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2016年09月18日

コスモポリタン

RIMG1353 (2)本との出会いには時期が大切だといえば、ありふれた言いぐさですが、このところハマっている一冊があります。高田保の『第三ブラリひょうたん』。もっか読んでいるのはその創元文庫版(昭和27年)。

単行本で良く売れ、すぐ文庫判が出たような本ですから、以前は古書でもよく見かけました。小店にも何度か入ってきたことがあり、端本なら均一にするしかない、ありふれた本でした。

手に入れた折、例によって一度や二度は拾い読みをした筈ですが、特に心を動かされたという記憶はありません。

先日、表の100円文庫の棚で、しばらく売れ残っているものを入れ替えようと抜き出した中にこの一冊を見つけ、何の気紛れか、ふとまた読んでみる気になりました。

それが今回読み始めてみると、妙に心に響くのです。60年以上も前の世相を論じているのですが、不思議なほど現在に通じることが多い。

近頃の日本世相のあり方、戦争の後始末までが一切済んでしまったかのように思い上がっている点がないでもない。それが一切済んで新生日本になりかけたというのならそれも結構といえるが、旧日本の復元的なものが感じられる。今の調子で行くと、巣鴨から仮釈放者が日の丸の旗で迎えられて、何はともあれまず皇居前へいって三拝してから家へ帰るともなりそうだ。そうなっても誰も怪しまぬ日本となったらどうなるか。

いわゆるオキュパイド・ジャパンが終わろうとしている時期、解放への期待の一方で、「逆コース」と呼ばれるような時代相も色濃さを増していきます。そのあたりの息苦しさを、コスモポリタンは憂えているようです。

講和の声が近づいて来て(中略)ケーリ君(Otis Cary)は、折角人間になりかけた日本人が、ただの日本人になりかけているのを指摘している。これは痛い。この痛さをまず政治家諸君に知ってもらわねばなるまい。しかしこの反省はどうも絶対多数党にはなさそうだ。日本経済も心配だが、この方の心配も大切である。

文庫の巻末には福田恒存が解説を書いていて、彼によれば高田は「東洋流のアナーキスト」だそうです。いささか難解です。

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2016年09月17日

連休閑談

ゆうに1時間以上、哲学の棚から歴史の棚と、じっくり本をご覧になっておられた外人さんが、入って来られた時と同じように静かに帰って行かれ、土曜の夕方、店内はまた無人となりました。

店内の洋書は、学術書の割合が高いので、母語であるからというだけで手に取られる方は多くありません。日本人、外国人を問わず、研究生か先生方が主な購買層です。

とするとこの方も、留学生、あるいは若い先生でしょうか。鼻緒のついたサンダル履きにジョガーパンツの軽装で、ご近所の方のようにも見受けられますが、散歩の途中だったかもしれません。

それにしては、ずいぶんゆっくりしていかれました。外国の方で、これほどゆっくりされるのは珍しいことです。やはりご近所かも。

72577民泊のせいばかりではないでしょうが、外国人の姿を、駒場でも最近とみに多く見かけます。小店の店先でも、様々な国の言葉が交わされるのを聞くことができます。

しかし本に興味を示される方の割合は、決して多くありません。表のジャンクおもちゃをあれこれ手に取って、隣の本には見向きもされず、ということのほうが普通。

旅行者であればそれも仕方ないでしょう。たとえば外国を旅行していて、日本の本が店先にあるのを見つけたとしても、よほどの本好きでない限り、わざわざ立ち寄ろうとは思わないはずです。

要するに、たとえ洋書を扱っていても、古書店にインバウンドの恩恵は期待できないということ。改めて言うまでもありませんが。

一日雨が降らなかったのは、久しぶりな気がいたします。今日の外人さんも、三連休の初日で、時間にゆとりが出来、散歩に出る気になられたのかもしれません。

きっと次には、お財布をもってご来店いただけることでしょう。

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2016年09月16日

やる気の問題

金曜日ですから明治古典会に。

会場に着いたのは12時半頃。4階から見て回り、珍しく何点か札を入れました。フランス文学、思想系の白っぽい日本書の口と、いろいろ雑多な古い洋書の口。

3階に下りたころには1時を15分ほど回っていて、もう昼食に出かける時間です。

このところ、お決まりとなった「家庭料理たんぽぽ」は、早く行っても混んでいて入れませんし、1時も30分を過ぎると「ごはんがなくなりました」と断られることが多い。

今のタイミングで行けば、8割以上の確率で席と食事にありつけるというわけで、同行の仲間4人から5人、連れだって市場を抜け出します。

3階の開札が始まるのは、平均すると午後3時頃。今日の荷の量は、ほぼ標準的なところですし、食事に行って、食後のコーヒーを飲んで戻ってくるのは午後2時を少し回るくらいですから、それからでも入札できます。

といいながら店主の場合、戻ってきてから3階の会場を見て回っても、結局入札するものがない、というのがいつものことです。

RIMG1354 (2)我ながら、会員失格だと思います。ただ言い訳をすれば、明古の3階会場は、買って店に置いておくだけで売れるような商品は殆どありません。よほど専門に特化した店であれば別ですが。

活発に入札されているのは、まず自家目録を発行されているようなお店。即売展に参加されているお店。最近ではネットオークションに出品している店も、元気があります。

つまり、明古の会員として務めを果たそうとするならば、専門店を目指すか、目録を出すか、ネットオークションに出品するかすれば良いわけです。

なぜそれが出来ないで今日に至っているのでしょう。

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2016年09月15日

首相の日記

古本屋などという商売をしているおかげで、普通なら全く読んでみる気にもならない本を手に取って、つい目を通してみたりすることがあります。

昨日、S先生が久しぶりに本をお持ちくださり、その中に、『佐藤栄作日記 第四巻』(朝日新聞社1997年)がありました。

全6巻の第1回目配本ですから、一番ありふれた巻です。しかし作る側としては、一番売れそうなところだと思って出すわけでしょう。昭和45年〜46年というのが、この巻に含まれる期間です。

確かに帯を見ても「第三次佐藤内閣成立/万国博開催/沖縄返還協定調印/ニクソン訪中発表/ドル・ショック…」と、面白そうな時期。

とはいえ店主が興味を持ったのはただ一点、昭和45年11月25日に、どんなことが書かれているだろうということでした。関係部分だけ引用いたします。

商工会全国大会に出席した時分、丁度十一時半頃警視庁からの連絡で、市ヶ谷自衛隊総監本部に暴漢乱入、自衛官陸佐等負傷の報あり。一時間後には、この連中は楯の会長三島由紀夫その他ときいて驚くのみ。気が狂ったとしか考へられぬ。詳報を受けて愈々判らぬ事ばかり。三島は割腹、介錯人が首をはねる。立派な死に方だが、場所と方法は許されぬ。惜しい人だが、乱暴は何といっても許されぬ。

日記が、必ずしも本心を包み隠さず書いているものでないことは当然としても、この翌日に、2か所「三島」の文字を見るだけで、しかもそれは記録の一部として現れるに過ぎず、これ以降、この事件に関する感想も、言及もありません。首相にとって、この事件が、さまで心を占めるものでなかったことは確かなようです。

もし泉下の三島がこの日記を読んだら、どんな感想を持ったでしょう。少なくとも当時、学生であった店主の周RIMG1352 (2)りなどでは、三島事件は大きな衝撃でした。

今となってみれば三島は、山口二矢ほどにも、その後の時代に影響を与えることはなかったといえます。テロと自殺の違いでしょうか。

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