2009年08月06日

『ある社会科学者の遍歴』

店の奥の棚を整理していて、時々、何故こんなものを取っておいたのかと思うような本が見つかります。今日の一冊は『ある社会科学者の遍歴』(大塚金之助・岩波書店・昭44)、いまどき売れない本の典型。

函から取り出してみると、両見返しに色々なものが挟み込んであります。著者自身の近況報告が印刷されたはがき(自筆の追記入り)、「大塚金之助先生とお別れする会」の刷り物、死亡記事、追悼記事など新聞の切り抜き。

写真も一枚入っていました。四人の人物が写っていますが大塚氏本人以外は、どこの誰だか分かりません。

この本を持っていた人は上野景福氏。著名な英語学者で、10年ほど前になると思うのですが、蔵書がまとまって洋書会に出たことがあります。その時に買ったなかに、この一冊があったのでしょう。他の本にも、いろいろな挟み込みがあったり、赤鉛筆による書き入れなども多くあったように覚えています。

表見返しの左上隅には、ドイツ語で献呈署名が記されています。親子ほど年の違うお二人に、どんな交流があったのでしょうか。どちらも高名な学者とはいえ、今の時流からは遠い人ですが、この本は、お二人をつなぐものとして、他に替えがたい一冊です。

というわけで、また当分、裏に取って置くことになりそうです。

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2009年08月05日

ピーターソンさん

謎の外国人ピーターソンさんが、再び本を売りにこられて言うのには「この間の写真集、とても嬉しかったです」。

そこで改めて尋ねました、あれは何という名の人なのかと。

で、分かったのですがエルサ・ペレッティ(Elsa Peretti)がその名で、ジュエリーデザイナーとしてはかなり知られた人のようです。店主には縁のない世界なので、どのくらい有名なのか見当がつきませんが「いわずと知れたティファニーのデザイナー」などというフレーズも、ネット上で見ました。

一方、写真の世界でも、あの一枚は、ヘルムート・ニュートンの代表作の一つといってもいいほど有名なものですが、エルサがそのモデルであったと知っている人は、ティファニーファンにもそれほど多くないはずです。

下世話なことを付け加えれば、生れは1940年、そしてニューヨークであの作品が撮影されたのは1975年。

試みに、写真集に強い若い同業(達者な日本語を話すオーストラリア人です)に聞いてみましたが、彼も知りませんでした。エルサという名も、その職業も。

どんなに有名なことでも、知るまでは知らない。実に単純明快な法則です。そして更に、ピーターソンさんの謎は深まるのでした。

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2009年08月04日

お詫びして訂正しなくては

昨日の続き。

書きながらどうも変だなとは思っていましたが、やはり掲載書はちゃんと贈られて来ていたようです。しかも、それに気付かなかったというのでもなく、目を通し、その時何だかしら感想も述べていた、と家人から指摘を受けました。

あたかも取材後は、何の挨拶もなかったかのように書いてしまいました。『東京ブックナビ』の執筆者、並びに出版者にお詫びしなければなりません。

でもまあ、見たとしても今回とは別の箇所を見ていたのでしょうね、まるで初めて見るようでしたから。店主の言葉とされるなかで普段使ったこともない「僕」という一人称が使われていて、とてもこそばゆい感じがしましたが、これも前に見た記憶がありません。校正原稿で見ていれば直したはずだがなあ、と不思議です。

物覚えの悪いことは普段から自覚していますが、こうはっきりと指摘されると、他のことも不安になってきます。口から出まかせと分かる部分はそれで良いのですが、あたかも確かに有ったことのように語っている部分。向後、そんなところは十分に疑念を持って、お読みください。

それで書く方も気楽に書けるというものです。

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2009年08月03日

「入り口」としての古本屋

お客様が持ち込まれた本に『東京ブックナビ』(東京地図出版編集部編、2009年同社刊)という一冊があり、パラパラめくっていると「河野書店」の文字が眼に入りました。

すっかり忘れていたのですが、そういえばそんな取材を受けたのを思い出しました。初版第一刷が1月5日ですから、昨年の11月頃のことだったでしょうか。新しく書店のガイドブックを出すので、話を聞かせて欲しいと、若い男性から申し出を受けました。

何人かで執筆を分担していて、たまたま小店は時々寄る店なので自分が担当するのだという説明。そういえばその少し前に、大江健三郎の単行本をまとめて買っていただいた方です。店先で立ち話ですが、聞かれることにお答えしました。

その後、校正原稿がファックスで届き、直しを入れて返送し、それからは連絡もなく、そのまま忘れ去っていました。これがその本だったのかと、改めて自店の箇所を読み直して感じたのは、短く的確に紹介することは難しいということ。

と言っても執筆者の責任ではなく、もっぱら小店の捉えどころのなさが原因でしょう。以前から、こうした時には「古書の世界への『入り口』としての古本屋」という言い方で説明してきましたが、それも分かったようで分からない。

煮え切らない店主の性格をそのまま反映しているのが、現在の店の姿かも知れないと、つくづく店内を眺め回してしまいました。

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2009年08月02日

『読書の学』

八月に入っても、不安定な天気。今日も朝から降ったり止んだりたまに照ったり。疾うに梅雨が明けたはずの東京でこんな具合ですから、梅雨明けもしていない地方はどんな塩梅でしょう。

季節の移ろいが不確かなのに比べ、暦どおり正確に、八月に入って人の気配が更になくなりました。店の仕事も捗る筈が却って気が緩んで、つい手にした本に読み入ってしまいます。

吉川幸次郎『読書の学』(筑摩書房・昭50)。きれいな貼り函に入った茶の布装。読み始めるにつれ心が清められるような硬質の文体で、読書がいかに能動的な営為であるかということを説き進めていく筈。

筈というのは、一章を読んだだけで、浅学の身にはこの先を読むこと自体、能動的な取り組みを要求されることが察しられ、店番の序でに読むような書物ではないと感じ、本を閉じたからです。

毎日つまらぬブログを書き綴ることが、とても恥ずかしいことに思えてきてしまうようなこの本を『日本の古本屋』で検索すると、500円!から2500円まで39件(筑摩叢書版を含む)。

良い本だから多くの店が在庫しているのか、売れないから残っているのか、どちらなんでしょう。状態の良い本なので1000円付けて、棚に差しておこうと思います。


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2009年08月01日

「山」を買う

市場で、沢山の本をまとめて一点(ワンロット)としたものを「山」と言うことがあります。昨日も触れたフランス演劇書は、百冊程度が一点になっていましたので、「山」を買ったわけです。

その中に、アントワーヌの、その名も『演劇』という一冊があり、二冊本の第一巻に過ぎないのですが、見返しに貼られた名刺大の紙に、紛れもない当人の識語と署名が記されていました。

思わぬ拾い物かと調べてみたところ、もともと舞台人なので署名は多いらしく、この本自体、晩年の著書である上、同時代演劇年表といった内容で、更に端本ですから、さほど評価のつくものではありませんでした。

marceauしかし一方で、大した本とは思っていなかったマルソーの小さな本(写真=文庫より一回り小型)が、2200部とはいえ限定本で、自筆の挿絵も入っていて案外良い値で売られていることが分かりました。

一冊ずつ買うのと違って、山で買うときは、こうした当たり外れもある程度は織り込み済み。買った時は随分儲かったような気がするのですが、しかしそれで蔵が立つわけでもなく、かといって大損して潰れることもない、つまりは程の良い値で落札していることになるのでしょう。


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2009年07月31日

平井先生

最近仕入れたフランス書、現代演劇の一口を整理していて、平井啓之先生のことを思い出しました。

たまたま『サルトル戯曲集』などがあったからです。主著のタイトル『ランボオからサルトルへ』や、ジュネの戯曲の翻訳をされていたことなどから、連想したのかもしれません。

初めて小店に来られたのは、店を開いて四五年もした頃でしょうか。「あんたとこは、洋書も買うんか」と強い関西訛りで尋ねられ自宅へ引き取りに来るように言われ、その後、何度か伺う事になりました。

ご自宅は歩いても3〜4分の距離。一度にお出しいただくのはさほど多い量ではなく、また実際に処分していただいたのは、洋書より、用のなくなった日本書のほうが多かった記憶があります。書棚を眺めながら「この辺りはまだ出すわけには行かない」などと話されました。

髪は白くなっておられましたが姿勢は良く、店にはいつもスポーツサイクルで立ち寄られました。

関西弁というと柔らかな印象がありますが、先生は物言いがストレートで、きつい感じさえ受けたものです。とくに人物評は辛く、好き嫌いがはっきりしていました。晩年は小田実がことにお気に入りで、「この男はえらい」と繰り返しておられました。

逝去の年を確かめると1992年、72歳。無宗教で花と写真だけの人気ない通夜に、花を供えたことは、はっきりと覚えています。

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2009年07月30日

夏の珍客

どういうわけか毎年、それも決まって今頃(時期が決まっているのは不思議でもないのですが)店の中にトカゲが(たぶん)一匹入り込みます。それも全長7〜8cmの幼体。

幼体という言い方は、今度初めて知りました。トカゲ、さらにニホントカゲという言葉で調べると夥しいページが現れ、写真も、中には動画も見つかります。好きな人が多いのですね。

店主、決して好きなわけではありませんが、このニホントカゲの幼体は、どこかに書いてあったようにメタリックな光沢があり、尻尾がコバルトブルーでなかなか美しいものです。

隅に隠れるように移動し、格別害をなすこともなさそうなので、そのままにしておいても良いくらいのものですが、突然お客様の視界に飛び込んでくると、驚かれる方もいるでしょう。さらにトカゲにとっても、店内は有り難い環境ではないはずです。

最初は素早くて、とても捕まえることは出来ないのですが、数日経つうちに消耗するのか、腹が減るのか、動きがぐっと鈍くなります。心なしか光沢も褪せていきます。そんな状態で姿を見せてくれれば、摘まんで外へ出すのも容易で、本日、無事に小さな一匹をリリースいたしました。

そう、大概は今日のように日差しの強い、暑い日の出来事です。

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2009年07月29日

M先生、再び

M先生から、また一箱、本が届きました。

今回はラテン語の学習書が中心で、「売り物になりますか」とご心配頂いていますが、古典語の学習書は値段さえこなれていれば、確実に売れていきます。

着払送料だけではいささか申し訳ない気分ですが、下手にお支払いを申し出ると、かえってお叱りを受けそうです。もうお終い、といわれた時に、まとめて何かでお返しできるように、心積もりだけはしておこうと思います。

「ひと頃は『希』とさえつけば買っていた」と添え状にありました。買った時の値段と書店名が、メモにして挟んであります。その価格を見ると、古書店にとって大変ありがたいお客様だったことが分かります。今ではとても、その値では売れません。

本が安くなったのか、買うお客様が居なくなったのか、その両方なのでしょう。眼一杯ひねって値をつけて、それでもお客様がついて、そうすると未だ安過ぎたのだろうかと訝しむ。本屋をそんな心理にさせる時代もありました。

書店シールは元来、扱った証拠を、自ら誇りを持って残すためのものですが、お客様の方でも買値や時日、場所などを控える場合がしばしばあります。後世に恥じない商いを心がけねばと、つくづく思うしだいです。

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2009年07月28日

うなぎの日

洋書会の7月当番も今日が最終日。

巡り会わせで月二回という当番もあり、最多なら五回の当番もある。それで格別不公平だとか、不満が出るわけではありません。いずれにしろ傍から見ればボランティア、つまり好きでやってるようなものなので。

お昼に「うな重」を皆で食べ、それが当番唯一のご褒美。うなぎが格別好きでなくともです。今日は黒っぽい日本関係の一口やら、スピノザ関係一括などの口が出て、入札にも熱が入り、うなぎの日に相応しい市になりました。

実は今日はまた、南部支部の年に一度の定期総会の日でした。午後に本部会館で人と会う約束が重なり、やむを得ず委任状を出して欠席。

記憶にある限り、少なくともこの二十年ほどは必ず出席していたので、欠席はとても残念です。年に一度、その場でしか会えないような人も居ますし。

もちろん今のところ格別難しい議題があるわけではなく、一人出なくとも何の支障も起きないのですが、総会出席は権利というより、組合員としての最低限の義務だと思うものですから。

konoinfo at 18:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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