2009年07月27日

駒場の遠藤周作

あまりにもあっけなく答えに辿り着いて、ちょっと拍子抜けです。

一昨日の話、遠藤周作は駒場に住んだか?正解はイエス。さらに詳しく知りたい方は遠藤周作学会ホームページへ。

詳細な年譜が作られていて、随分転居を重ねていることが分かります。それによると駒場へやってきたのは昭和33年の暮れ。別のあるブログに「相当なあばら家で…」と「遠藤周作その息子として読者として」(遠藤龍之介「文藝春秋」1996年)を抜粋転載しているのも見つけました。

ブリキ屋さんの話に嘘はなかったのですが、記憶の時間軸はかなり歪んでいたようです。玉川学園へ移ったのが昭和38年、つまり作家の駒場時代は今から半世紀も昔のことでした。

それにしても作家の名を冠した学会があることに驚きました。もちろん大真面目な集まりだと思いますし、それだけに、いかにも狐狸庵先生に相応しい命名だとも思います。

ちなみにこの「狐狸庵」は、学会年譜によれば、駒場での「自宅療養の戯れに狐狸庵山人と雅号を付け、十月から翌年の十月まで絵日記「狐狸庵日乗」を書」いたのが始まりのようです。

駒場ゆかりの文人については、これからも少しずつ調べてみたいと思います。


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2009年07月26日

ボクの友達です

留守中に30冊ほどペーパーバックのお持込みがありました。しばらく読み物系の入荷がなかったので、直ぐにも値を付けて表に出したいところ。

どんな方だったかと店番のミセスBに聞くと「良くご夫婦で来られる、大柄で温和そうな外国の方」。それでほぼ察しが付きました。

店番を交代してしばらくすると、想像通りご当人がお出でになり、しかじかの値段ですと申し上げ、はい結構ですと受け取っていただき、お帰りになろうというその時に―

「その人、ボクの友達です」

視線の先には、写真表紙の本が三冊並んでいます。一つはマヤコフスキーの肖像写真、一つは50年代ニューヨークバレーの舞台写真、もう一つはヘルムート・ニュートンの写真集、表紙は良く知られたバニーガールのコスチュームを着けた女性の写真。

さてどれでしょう。正解は、ビルの屋上で反りかえるようなポーズで写っている女性で、その写真の撮影時期の二、三年後に知り合ったということです。

「ちょっと足りませんね」と残念そうに今差し上げたお代と、本に付いている値段を較べているので、それでいいですよと本をお渡しすると、今日もご一緒のお連れ合いと二人で、大喜びして語り合いながら帰って行かれました。

今度の買入れで、お名前だけは分かったのですが、かえって謎の人になりました。


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2009年07月25日

ブリキ屋さん

自転車で乗り付けた、黄色いキャップのご年配。表の100円文庫から1冊抜き取ると「遠藤周作でも読んで見るかな。ウチの近所だったんだよ」

ご当人の家は淡島通りの豆腐屋さんの隣り、「ブリキ屋だよ」。で遠藤氏は直ぐ隣りに長いこと住んでいたといいます。何時ごろまでかと問うと「だいぶ前、10年か20年か」。

年月の記憶が怪しいのは誰しも同様だとしても、この作家が駒場に住んでいたというのは初耳。晩年、富ヶ谷に住んだと年譜などにあって、確かに近くではありますが、ブリキ屋さんとは方角がまるで違います。

嘘や出鱈目を言っている様子はないので、誰か別人を思い違いしているのか、あるいは実際に作家がそこに住んだのか、折があったら調べてみようと思います。

仕事柄、暑い日には慣れているらしく、今日は母校の駒場小の校庭当番、自分の同期はもう三人しか近所に居ない、と屈託なく話すブリキ屋さん。黄色いキャップはどうやら小学校の支給品のようです。

「ブリキの仕事はもう殆どないけど、スレート瓦や雨樋の直しなんかをやってる」と、まだ現役のご様子に敬服いたしました。


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2009年07月24日

トホホ

市場で買ったものを、また別の市場に出すということがあります。

分かりやすい例としては、何冊、あるいは何十冊とまとめて出品されたうちの、一部分だけ欲しくて入札したという場合。

店舗を持っていれば、欲しい本を抜いた残りは、安目に付けて売るという手もありますが、手間暇を考えると、まとめて売ってしまったほうがいい場合もあるわけです。

とはいえ、そんな時でも買った値段がありますから、最低幾ら以上には売りたい、でなければ損が出てしまう、というわけで「止め値」というものを入れます。

あるいは自分で買い札を入れることも許されています。案に相違して誰も自分の買い札に届かなければ、再び自分が買うことになるわけで、これを「買引き」といいます。

時に思いがけず高くなって、最初の原価が回収できてしまうこともありますが、大抵は良くしたもので、ほどほどのところに落ち着きます。

ところが先日、店主はポカをして、そんな具合に出品したものに、札を入れ忘れてしまいました。たまたま一人しか札を入れる人がなく、見事に浚われてしまったのです。

こんな値段なら、持ち帰って店で売るのだったと悔しがっても、後の祭り。市場は厳しい場なのです。

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2009年07月23日

角川文庫リバイバルコレクション

深い考えもなしに書き飛ばして、あとから取り消したい、直したいと思うことは良くありますが、自分なりに、一旦公開したものは、直ぐに気付いたもの以外、修正しないと決めています。

例えば一昨日取り上げた児島喜久雄の、遺文集が重版されたことについて、それが生誕100年に当たる年だということは、少し考えれば分かることでした。

そのことを思い出したのは、文庫を100冊ばかり買い受け、埃を拭いているうちに、角川文庫リバイバルコレクションの一冊に挟まれたチラシに「創刊40周年記念特別企画」という文字を見たからです。

〈読者アンケートによる限定復刊〉と銘打たれていますが、ここでいう「限定」の意味はビミョウです。しかし当時も、古書となってからも、人気の高いシリーズであることは確かです。

今回40冊ばかり同シリーズが含まれていたのですが、残念なことに保存が悪く、ヤケシミが目立ちます。カバーはきれいで棚映りが良いので、かえって落差が目立ち、売れにくいのではと案じています。

充実したタイトルにも感心しますが、それよりむしろその文字の小ささの方に、改めて感慨を覚えました。

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2009年07月22日

宝塚で学んだこと

「宝塚の本が沢山あるのですが、どうでしょうか」とお尋ねのお客様がありました。

「まず値にならないと思いますが、それほど沢山なら、一度まとめて市場に出してみても良いですよ」とお応えすると、日ならずしてお持込みになりました。それも一度では運びきれず、日を改めてもう一度。

70年代から90年代までの『歌劇』『宝塚グラフ』がそれぞれ数百冊ずつ。他に公演パンフレットがやはり数百冊。それにムック系の少し厚めのグラフ雑誌が数十冊。確かにかなりの量でした。

一度目はまとめて出品したものの買い手がつかず、次に別の市に四点に分けて出したら、ムック系が最低値そこそこで売れたものの、あと三点、量にして九割方は、やはり売れずに残りました。

やむなく市場で廃棄切符を購入し、廃棄処分に。交換会で本を廃棄する際には一定の費用がかかります。店で資源ごみに出す場合も同じことですが。

捨てるに忍びないから、とお持ちいただいたので、代金をお支払いできない場合があることは、ご了承済み。といって差し引き持ち出しとなった費用を請求するわけには行かず、これも一つの勉強なのです。

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2009年07月21日

ヘルムアフロディトス

昼前から雨。気温低めながらエアコンが効きにくく、かえって店内は蒸し暑い。

『古代の臍』(児島喜久雄・岩波書店)という本が目に留まったのは、そのタイトルに惹かれてではなく、著者が、ついこの間ここで取り上げたばかりの人だったからです。

いつものように本の整理をしていてのことですが、先日とは別の口、つまり別の機会に手に入れたものです。1983年第二刷、初版が1956年となっていますから、27年後の重版。どんな需要があってのことでしょうか。

中を開いてすぐに「ヘルムアフロディトス」という見出しが目につきました。本著はいわば遺文集で、中でもこの一篇は、それまで未発表であったというものです。

冒頭の解説に、細川護立氏邸での内輪の集まりにおける口演筆記とあり、会話調で分かりやすく話が進みます。細川侯爵が外国のオークションで手に入れたという小さな立像を場において、気楽に薀蓄を傾けている様子が目に浮かぶようです。

内容についてはお読みいただくとして、感心したのはその小さな集まりに、筆記者、おそらくは速記者がいたのだろうということ。それやこれや考え合わせると、今時のセレブとの、スケールの違いが分かります。

ところでこの本、後から気がついたのですが、以前から初版本を在庫しておりました。

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2009年07月20日

ノンビリ休日営業

晴、雲多く、やや暑いとはいえ、お散歩日和。

世間がお休みの日は、店を開けていても、こちらも少しノンビリした気分になります。やるべき事は幾らでもあるのですが、今日でなくとも良いかと、手元の本にしばし読み入ったり。

たまたまそんな様子をお客様がご覧になると、羨ましい商売に映るのかも知れません。

たしかに、そのツケは全部自分に掛かってくるのだといっても、自分のペースで出来るところは、この仕事の大きな利点です。休みたい時に休める、と思うから、休まず毎日開けられるのです。

そんなノンビリした昼下がり、折からベビーカーの若いご夫婦が来かかります。ベビーはよちよち、パパの手に引かれて。

「本屋さんだあ、XXXクン、本見るう?見るんだ。座り込んじゃった。どれ見る?これ?はいっ。えっ、ないない?はい、ないないしたよ。こっち?はいっ。ないない?はい、ないない。え、これ?これさっき見たよ?はいじゃまたこれね。もういい?じゃ行こうか。ありがとって、ね?ありがと」

本好きな子に育てたいお父さんなのでしょうか。



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2009年07月19日

名物教授

晴れて風強し。日曜、三連休、夏休み。

人が来ないだの、売れないだのという話はいたしません。それを始めるとこの先数ヶ月、同じ話題の繰り返しになってしまいますから。

しばらく、神田への行き帰りに『書藪巡歴』(林望・新潮文庫)を読み継いでいました。電車に乗っている時間は片道正味20分弱です。読み終えるのに何日もかかりました。

前に親本で一度読んだ、というより眼を通したのですが、いかに覚えていないことか。なかんずく本に関する薀蓄は、初めて聞くことのように、興味深く読めました。

おぼろげに覚えていたのは人物を語った各章で、言語学者の亀井孝氏の描写が取り分け印象的だったのですが、今回再読し、それは名物教授といわれるような先生の、ある一典型が描かれているからと分かりました。

不思議なご縁で、小店に幾度も本の整理をご用命いただいているY先生も、この亀井さんに負けず劣らずエピソードの豊富な先生です。専門分野に抜きん出た業績がある点も似ています。

しかしもっと似ているのは、声を「頭の天辺から絞りだす」という部分。そういえばしばらくお電話がないなと、あの特色あるお声を思い出しました。

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2009年07月18日

M先生

M先生(元先生というべきでしょうか)は、ひと箱、時には数箱と、黙って思い出したように本を送ってこられます。

退官されて、まもなく十年、特に職を求めず悠々自適(ご本人は否定されますが)にお暮らしのようです。ご専門は西洋古典。

お辞めになるときに、研究室の本をある程度まとめてお譲りいただきました。大変な謙遜家で、たいしたものはないから、あまり高く値踏みしないように、とわざわざおっしゃってくださいました。

ラテン語やギリシャ語の本というのは、それだけでありがたい気がしてしまいますが、確かにこの分野でも研究が進んでいて、研究書など旧版は案外値がつきません。それでも駒場では、安く置いておけば喜んで買って行かれるお客様がおいでです。

その時も、お言葉に従い、安く引き取らせていただきましたが、それ以後、お送りいただく本は、着払いの送料だけ。要らないものを片付けているのだからとおっしゃって、お代を受け取ろうとなさいません。

それでも必ず一冊二冊は、それだけで送料に見合うような本を入れて下さっています。お心遣いに感謝しつつ、どうやってお返ししようか、思案するばかりです。




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