2009年08月11日

本と闘う人々

台風が南へ逸れて、お天気は回復。

『書斎曼荼羅』(磯田和一、東京創元社、2002年)という本をご存知でしょうか。「本と闘う人々」という副題がついて、34人の蔵書家が二冊に分けて紹介されています。

もとは「IN★POCKET」で1999年から2001年まで連載されたものだそうで、イラストレーターである著者が、絵も文も書いておられます。

各人が、どんな本をお持ちかということより、どのように収納しているかということのほうに主眼があり、細かく書き込まれた書棚、書庫、あるいは積み上げられた本など、イラストならではの味わいで、それぞれの個性が伝わってきます。

商売柄、本の多さには驚きませんから、大きな書庫、巨大な書棚には、羨ましいと思いこそすれ、格別の感慨は湧きません。しかし、ひたすら増え続ける本とまさに闘っている姿には、身につまされる思いがします。

その点で、最初に紹介された文芸評論家・関口苑生氏の引越し前の「古本屋の倉庫」状態、最終回の内藤陳氏の「本の山脈」には、一番の同志的共感を覚えました。

しかし一方で、宅買いを頼まれたら一番腰が引けてしまうのも、このお二人かなと思います。申しわけないのですが。

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2009年08月10日

あってもなくても

生来、寝つきも、寝起きも良いほうだったと思います。

寝つきは今でも良いことは、昨日も申し上げたとおり。ただ、寝起きは年とともに悪くなってきて、体の疲れや、眼のカスミ、要するに老化が進んでいます。

今朝は、強い雨音で眼を覚まし、ウトウトしたあと再度、三度と眼を覚ますたびに雨音が激しく強くなるようでした。朝食を済ませて出かける頃には雨脚が弱まりましたが、車で店へ向かう途中にまた強くなり、バス停に並ぶ方々が、なんともお気の毒でした。

こんな天気にいつも思うのは、本屋商売の気楽さです。ライフラインに関わるような仕事をされている方は、お天気がどうなどと言っていられません。勤め一般を考えても、あるいは毎日仕入れや仕込をしなければならない商売などと較べても、ノンビリしたものです。

それは裏返せば、あってもなくても良いような商売だということです。そのくせある時には、ある人にとって、なくてはならない物を見つけ出す場所ともなれる。

そう考えると、この大不況とも言える時代に、こうして生き延びていられるだけで、有り難いことだといわなければなりません。儲からないなどと言っていては罰が当たりますね。


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2009年08月09日

掘り出し屋

寝そべっての読書が出来なくなって、もう長く経ちます。

その理由は三つ。目が弱くなり、近い距離では読みづらい。そのせいもあって首が直ぐ痛くなる。何より、本を開いたとたん眠ってしまう。

そんなわけで例のミステリーもなかなか読み進めません。それでも少しずつ読むうち、気になる箇所が出てきました。ヒロインの職業が、自称「掘り出し屋」だというのです。われわれが言うところの「せどり屋」というわけです。いまなら「セドラー」。

これが原文ではなんと表記されていたのか、気になったのはその点です。印象に残っていないので、おそらくpick upなどという英語としては普通の言葉だったのでしょう。book hunterという言い方もありますが、掘り出すならやはり前者。

日本語では、こなれが悪くて目に付いてしまう表現になりましたが、「せどり屋」では注釈が必要になるし、きっと訳者も苦心されたことでしょう。

閑話休題。

夏休み最中の日曜日、買いに来られるお客様より、お持込の方の方が多い一日。そう言えば、毎年今頃はそんな具合でした。暑苦しさを少しでも和らげようと、皆さん、部屋の片づけをされるのかもしれません。

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2009年08月08日

夏休み

小店は年中無休ですから、もちろん夏の間もずっと営業いたします。けれど市場、古書組合には夏休みがあって、来週一週間、本部会館での交換会はありません。即売展もお休みです。

お盆の時期に休むというのは比較的新しい決め事で、それ以前は長い間、八月の第一週を休みにしていました。それを移行したのは、たださえ二八といわれる月でも、お盆の週はことさら人も荷も集まりが悪かったからです。

入れ替えて以降、景気の影響もあるのでしょうが、月間の出品量が特に好転したとは思えません。先週の洋書会、明治古典会とも、いつもより荷は少なめ。しかしお盆休館は、なんとなく定着して今に至ります。

制度には必ず長所短所がありますが、お盆の休みで困ることが少なくとも一つあります。それは八月末に開く組合総会の準備、特に資料作りの日程が窮屈なことです。

これは関係する人、したことのある人にしかわからないことで、全体の理解は得にくいかもしれません。しかし組合にとっては、とても重要なことで、こんなことに長く関わってきてしまった店主としては、折あらば改善を提言してみようと思っています。

いずれにせよ、来週は火曜日も金曜日も、店に居る予定です。

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2009年08月07日

『幻の特装本』

もの覚えが悪くて、得をすることもあります。同じ本を何度も楽しめることです。特にミステリー。

限られた読書量なのに、作家の好みが偏っていますから、過去に読んだ本を手に取ることもしばしば。特に、クリスティやウルフなどは、読んでいない作品を探す方が難しいかもしれません。

それでも、10年も経てばかなり、20年以上前のものならほとんど、初めてのように楽しめます。いや、それは正確ではありませんね。初めてでない、知っている話のはずだと思いながら、しかも十分サスペンスに操られてしまうのです。

それでまた手にしたのが『幻の特装本』(ジョン・ダニング、ハヤカワ文庫、1997年)。実はこの本、英文でしか読んでいません。と言うと偉そうですが、近年読み通した(眺め通したというべきでしょうか)おそらく唯一の洋書です。

同業の友人に教えられて前作を読み(もちろん翻訳です)、本作の翻訳が出る前にペーパーバックが手に入り、興味に駆られて読み始めました。すると始まってすぐ雨のシアトル。まだ当地を訪れた記憶も鮮明な頃で、しかも本が主役ですから、どうにかおしまいのページまで辿り着きました。

さて、これから読んでみれば、どれほど覚えていないか分かります。でも、それは記憶力より、語学力の問題かもしれませんね。

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2009年08月06日

『ある社会科学者の遍歴』

店の奥の棚を整理していて、時々、何故こんなものを取っておいたのかと思うような本が見つかります。今日の一冊は『ある社会科学者の遍歴』(大塚金之助・岩波書店・昭44)、いまどき売れない本の典型。

函から取り出してみると、両見返しに色々なものが挟み込んであります。著者自身の近況報告が印刷されたはがき(自筆の追記入り)、「大塚金之助先生とお別れする会」の刷り物、死亡記事、追悼記事など新聞の切り抜き。

写真も一枚入っていました。四人の人物が写っていますが大塚氏本人以外は、どこの誰だか分かりません。

この本を持っていた人は上野景福氏。著名な英語学者で、10年ほど前になると思うのですが、蔵書がまとまって洋書会に出たことがあります。その時に買ったなかに、この一冊があったのでしょう。他の本にも、いろいろな挟み込みがあったり、赤鉛筆による書き入れなども多くあったように覚えています。

表見返しの左上隅には、ドイツ語で献呈署名が記されています。親子ほど年の違うお二人に、どんな交流があったのでしょうか。どちらも高名な学者とはいえ、今の時流からは遠い人ですが、この本は、お二人をつなぐものとして、他に替えがたい一冊です。

というわけで、また当分、裏に取って置くことになりそうです。

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2009年08月05日

ピーターソンさん

謎の外国人ピーターソンさんが、再び本を売りにこられて言うのには「この間の写真集、とても嬉しかったです」。

そこで改めて尋ねました、あれは何という名の人なのかと。

で、分かったのですがエルサ・ペレッティ(Elsa Peretti)がその名で、ジュエリーデザイナーとしてはかなり知られた人のようです。店主には縁のない世界なので、どのくらい有名なのか見当がつきませんが「いわずと知れたティファニーのデザイナー」などというフレーズも、ネット上で見ました。

一方、写真の世界でも、あの一枚は、ヘルムート・ニュートンの代表作の一つといってもいいほど有名なものですが、エルサがそのモデルであったと知っている人は、ティファニーファンにもそれほど多くないはずです。

下世話なことを付け加えれば、生れは1940年、そしてニューヨークであの作品が撮影されたのは1975年。

試みに、写真集に強い若い同業(達者な日本語を話すオーストラリア人です)に聞いてみましたが、彼も知りませんでした。エルサという名も、その職業も。

どんなに有名なことでも、知るまでは知らない。実に単純明快な法則です。そして更に、ピーターソンさんの謎は深まるのでした。

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2009年08月04日

お詫びして訂正しなくては

昨日の続き。

書きながらどうも変だなとは思っていましたが、やはり掲載書はちゃんと贈られて来ていたようです。しかも、それに気付かなかったというのでもなく、目を通し、その時何だかしら感想も述べていた、と家人から指摘を受けました。

あたかも取材後は、何の挨拶もなかったかのように書いてしまいました。『東京ブックナビ』の執筆者、並びに出版者にお詫びしなければなりません。

でもまあ、見たとしても今回とは別の箇所を見ていたのでしょうね、まるで初めて見るようでしたから。店主の言葉とされるなかで普段使ったこともない「僕」という一人称が使われていて、とてもこそばゆい感じがしましたが、これも前に見た記憶がありません。校正原稿で見ていれば直したはずだがなあ、と不思議です。

物覚えの悪いことは普段から自覚していますが、こうはっきりと指摘されると、他のことも不安になってきます。口から出まかせと分かる部分はそれで良いのですが、あたかも確かに有ったことのように語っている部分。向後、そんなところは十分に疑念を持って、お読みください。

それで書く方も気楽に書けるというものです。

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2009年08月03日

「入り口」としての古本屋

お客様が持ち込まれた本に『東京ブックナビ』(東京地図出版編集部編、2009年同社刊)という一冊があり、パラパラめくっていると「河野書店」の文字が眼に入りました。

すっかり忘れていたのですが、そういえばそんな取材を受けたのを思い出しました。初版第一刷が1月5日ですから、昨年の11月頃のことだったでしょうか。新しく書店のガイドブックを出すので、話を聞かせて欲しいと、若い男性から申し出を受けました。

何人かで執筆を分担していて、たまたま小店は時々寄る店なので自分が担当するのだという説明。そういえばその少し前に、大江健三郎の単行本をまとめて買っていただいた方です。店先で立ち話ですが、聞かれることにお答えしました。

その後、校正原稿がファックスで届き、直しを入れて返送し、それからは連絡もなく、そのまま忘れ去っていました。これがその本だったのかと、改めて自店の箇所を読み直して感じたのは、短く的確に紹介することは難しいということ。

と言っても執筆者の責任ではなく、もっぱら小店の捉えどころのなさが原因でしょう。以前から、こうした時には「古書の世界への『入り口』としての古本屋」という言い方で説明してきましたが、それも分かったようで分からない。

煮え切らない店主の性格をそのまま反映しているのが、現在の店の姿かも知れないと、つくづく店内を眺め回してしまいました。

konoinfo at 18:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年08月02日

『読書の学』

八月に入っても、不安定な天気。今日も朝から降ったり止んだりたまに照ったり。疾うに梅雨が明けたはずの東京でこんな具合ですから、梅雨明けもしていない地方はどんな塩梅でしょう。

季節の移ろいが不確かなのに比べ、暦どおり正確に、八月に入って人の気配が更になくなりました。店の仕事も捗る筈が却って気が緩んで、つい手にした本に読み入ってしまいます。

吉川幸次郎『読書の学』(筑摩書房・昭50)。きれいな貼り函に入った茶の布装。読み始めるにつれ心が清められるような硬質の文体で、読書がいかに能動的な営為であるかということを説き進めていく筈。

筈というのは、一章を読んだだけで、浅学の身にはこの先を読むこと自体、能動的な取り組みを要求されることが察しられ、店番の序でに読むような書物ではないと感じ、本を閉じたからです。

毎日つまらぬブログを書き綴ることが、とても恥ずかしいことに思えてきてしまうようなこの本を『日本の古本屋』で検索すると、500円!から2500円まで39件(筑摩叢書版を含む)。

良い本だから多くの店が在庫しているのか、売れないから残っているのか、どちらなんでしょう。状態の良い本なので1000円付けて、棚に差しておこうと思います。


konoinfo at 16:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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