2017年07月19日

落丁繰り

RIMG2040お客様から「先日買った本に落丁が見つかった」というメールをいただきました。

幸いなことに、ご常連さんでしたから「次回お越しの際にご返金いたします」ということで、落着しました。

古本屋に店員として入ると、昔はまず店の掃除と棚の背揃えを教わり、次に「落丁繰り」を習いました。

本文頁の片隅をつまんで捻りを加えると、もう一方の隅が少しばかり開きます。そこを5枚ずつまとめて繰っていくと、ノンブルの下一桁は常に同じ数字でなければなりません。もし狂いがあれば、落丁の疑いありというわけです。

慣れればかなり速いスピードで繰り終えることができますが、落丁調べを最も必要とするのは全集などの揃いものです。ですから大店などでは一日中、落丁を繰ってばかりの店員さんもいたようでした。

しかし店主の修業時代でも、製本技術の進歩により、実際に落丁が見つかることはごく稀になっていました。自然と、落丁繰りの習慣もすたれてきたように思われます。もちろん希少本を扱う店では、今もしっかり落丁を繰っておられますが。

それにしても、なぜ落丁本が古書として流通しているのでしょうか。ほとんどの場合は、読まれることがなかったからだと考えられます。

つまり、保存状態の良い古書ほど、落丁に気を付ける必要がある。もう一度、肝に銘じておこうと思います。

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2017年07月18日

バルトン先生

昨日ご紹介した本と、同じお客様からお引き取りした中の一冊。こちらは小店がお売りしたものではないようです。

burton1表紙を開くとすっかり茶色く焼けた見返しの上部に、太いペン書きの署名がありました。何やらいわくありげ。

早速調べてみることにいたしました。こんな時、ネットはすこぶる重宝いたします。W. K. Burtonと入力しただけで、すぐ情報が。読んでみると、なかなかに興味深い人物のようです。凌雲閣の基本設計者であるとされたり、小川一真と親しく交わったり。

何より明治期日本に住み着いた外国人の一人で、のちに病を得て日本の土となった人なのでした。

太い署名の下にある細いペン書きの文字によると、1899年にBurton遺品の売り立てがあったように読めます。Wikiの記事によれば亡くなったのはその年の8月5日。

写真や都市計画関係など、貴重な資料が売り立てられたのではないだろうかと、つい想像をたくましくしてしまいます。今出てくれば、かなり貴重なものでしょうが、すでにどこかに納まっているのでしょうか。

昨年出版されたという『バルトン先生、明治の日本を駆ける!』(平凡社)を読めば、そのあたりのことが分かるかもしれません。

burton2さてこの本に戻ると、タイトル頁に細いペン書きの署名。どうやら見返しの記述者だと分かります。しかしこちらの人物は、ネットでは特定できません。そして本自体は、残念ながら古いというだけの価値しかありません。

先生の署名に、いくらの値がつけられるでしょうか。

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2017年07月17日

頭をひねる

連日の暑さにもかかわらず、いや、暑さゆえでしょうか、部屋を片付けたくなられた方が多かったようで、この三連休、本のお持ち込みがいつも以上にありました。

中には、お引き取りするだけというケースも1、2件ありましたが、売れ足の早そうな、嬉しい仕入れもいくつかありました。

それらは幾らで店に出せば売れるだろうという見当のつけやすい、ある意味で分かりきった本です。しかしそのような本だけが嬉しいわけではありません。値段をつけるまでに頭をひねるのも、古本屋の楽しみの一つです。

昔と違って今では、良くも悪しくもネットに頼る部分が多くなり、その結果、期待よりはるかに安くつけざるを得なくなる場合がほとんどですが。

イメージ (7)たとえばこのエリオットの詩集。裏側に小店のラベルが貼られておりました。それもそのはず、お持込いただいたのは、小店ご常連のお一人です。全部で20冊ばかりお持ちいただいたうち、半分ほどは小店からお買い上げの本でした。

この本はアメリカで1943年、これと同じ装丁で出版されたのが初版です。その初刷りは4500部と言われていますが、印刷の不調で大部分が破棄され、世に出たのは788部だけだったそうです。

それだけ出ていれば十分だとも思えるのですが、詩人の人気によるのでしょうか、極めて高価です。第2刷も状態次第でそれなりの価格。ちなみにこの本はprinters codeと呼ばれる文字列が印刷された後刷りで、A Wartime Bookのマークと文章も刷られています。

何年前かは忘れましたが、前回この本に付けた価格は500円。さて今回は、どういたしましょうか。

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2017年07月16日

ブリコラージュ

今読んでいる『日本の文脈』(内田樹・中沢新一)は、ご当人たちの弁によるとおり「おばさんがしゃべってる」ような面白話の連続ですが、いろいろ啓発されるところも多い対談です。

例えば「ブリコラージュは身を助く」という見出しの章で、内田さんが語る次のような話。

(マト・グロッソのインディオたちは)ジャングルの中を歩いていて、何かを見つけると、それをじっと眺める。そして「これはそのうち何かの役に立つかもしれない」と思うと、それを背中の袋にポイッと入れる。ということが(『悲しき熱帯』に)書いてあって感心したんです。そういうふうに「ありもの」で用足しをすることをレヴィ=ストロースは「ブリコラージュ」と称したわけですけれど…(略)ジャングルの中には「なんだか訳のわからないもの」がそれこそ無数に転がっているわけですよね。その中の一つにふっと目を留める。そして「これはいつか何かの役に立つかもしれない」ということを感じる。(略)ある日「ああこれはこういう風に役立つものだったか」と気づいて、「いやあ拾っておいてよかったわ」と喜んでいる自分の姿が先取りされている。

RIMG2037長々と引用いたしましたのは、読みながら、まるで古本屋のことについて話されているように感じられてきたからです。

しかしやがて、店主がそんな風に感じたのは、すでにどこかで、そんなことを言われた方がいたからではないかという気がしてきました。

それは店主など、レヴィ=ストロースの名をその著作から教わった、山口昌男さんでしょうか。あるいはまさにポイッと袋にでも入れるように本をお選びになった、由良君美先生だったでしょうか。

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2017年07月15日

油断大敵

小店で扱う本は、必要で買われるものが中心です。いわゆる学術書、研究書、専門書。これらの言葉の意味の違いは措くとして、要するに愛蔵を目的としてお買い上げいただく方は、少数派です。

ですから、きれいに越したことはないにしても、傷んでいたり、汚れていたりするのでなければ、むしろ価格の手ごろさを求められる方の方が多いようです。

そんなわけでネット販売書籍の状態表記も、あまり煩瑣にならないよう、必要最小限にとどめてきました。

ご注文を受けた時には、もう少しだけ詳しくお知らせするようにはしておりますが、いずれにせよそれで苦情が届くことは滅多にありませんでした。

73720ところが最近、ロマンス語研究のイタリア語版(原著はドイツ語)という、需要のごく限られる学術書のご注文があり、喜んでお送りしたところ、数日してメールをいただきました。

それによると、後見返しの隅に旧蔵者の記名などがあり、そのことの注記は無かった。これは「記載のない瑕疵」ではないか、というご指摘です。

実はこの本は2巻本で、お客様はそのうちの1冊をお持ちでしたが、セット販売なので甘んじて購入されたそうです。そこで、この「瑕疵」対応として、1冊だけ売ってもらいたいとのこと。何の対応もできなければ「残念ながら返品する」とおっしゃいます。

記載しなかったのは確かに小店の落ち度ですが、それによって商品価値が下がるような「瑕疵」だとまでは、思ってもおりませんでした。そこで「残念ながら返品」していただきました。

これからは油断せず、注記するようにいたします。

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2017年07月14日

新旧幹事会

RIMG2032今日から明古の新しい一年が始まりました。世間一般の方はもとより、多くの同業にとってさえ、何の関係もないことではありますが。

しかし店主の場合はそういうわけには参りません。これから一年間、幹事の一員として、市会運営のお手伝いをすることになるからです。

実際に体を動かしてする作業は、年若い6人の幹事仲間と9人の経営員たちにお任せ。店主と2人の先輩は、まあ員数合わせのようなもの。などというと先輩方には叱られるもしれません。

なにしろ店主と違い、経験も実績もあり、さらに情熱もお持ちです。役職を引き受けられたのも、会のためを思えばこそ。いわばその先輩お二方と、若手たちとの橋渡しが店主の役目でしょうか。

これから毎週金曜日は、午前10時半に出勤しなければなりません。ただしこれもロートル3名に限っての特別待遇で、他の幹事、経営員の集合は朝8時半。

その一年の始まりにあたり、恒例の新旧幹事会を市会終了後に開きました。これは前期幹事への慰労をこめて持たれる食事会です。

今夜の会場はあの「松翁」。以前にも利用したことのある2階のテーブル席は、13名でほとんど一杯。午後6時から約2時間半、創作料理のコースで飲みかつ語り合いました。

記憶に残ったのは丸ごといただける鮎の煮びたし。一品ずつは決して多くないのですが、最後のデザートに至ると、もう満腹。

ただ勝手なことを言わせてもらえば、この店の主役はやはり蕎麦。それを脇役に廻すコース料理は、ちょっともったいない気がいたします。

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2017年07月13日

ロエブにとりかかる

溜まっていた店の雑用も少しずつ片付いてきて(と言っても店が片付いたわけではありません)ようやくLoeb叢書のデータ登録に手を付け始めております。

ちなみにこのLoeb、Wikipediaではローブと表記していて、恐らくそれ、あるいはロウブあたりが正しい読みなのでしょうが、なぜか昔からロエブと呼び習わしていますので、これからもそう呼ばせていただきます。

cicero今回仕入れた中で、冊数が一番多かった著者はPlutarchの27冊、次いでCiceroの26冊でした。プルタークは二つのシリーズLivesとMoraliaがほぼ揃っていて、状態もまずまず。さほど登録に苦労はありません。

問題はキケロ。こちらは各標題紙にin twenty eight volumesとあるにもかかわらず、巻数が表記されていないものが多くあります。刊年も状態もまちまち。

叢書の通し番号が一番若いのはLetters to Atticus 1で全体の第7番目。初版刊行は1912年。しかしこれがキケロ著作集では第22巻となります。

ちなみに第1巻は1954年刊のRhetorica ad Herennium、叢書番号では403。第28巻は同じ1954年に出版されていて叢書番号462のLetters to Quintus and Brutus, etc。おそらくここでいったん完結したと思われます。

そこで著作集として巻数をつけることになったのでしょうが、著作年などを基準にして順を決めたのでしょうか。

重版、改版を繰り返し、さらに第29巻が追加され、第15巻が2分冊となって、今は全30冊。旧版となった巻もあり、揃いには4冊ばかり足りないことになりますが、この状態でまとめて安く売るつもりです。

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2017年07月12日

ある稀覯本の運命3

RIMG2033それにしても稀覯本店主は、なぜ「知られざるコレクター」がその本を「K書店から買った」と断じたのでしょう。

どうやらそれを裏付ける記録、ないしは伝聞が存在するらしいのです。その情報源については聞きそびれました。ただ献呈先から、かなり昔に何者かが、それをK書店に持ち込んだというところまでは確かなようです。

Kさんが、そのことを知っていた様子はありません。おそらく先々代の頃の話だと思われます。

当時から人気は高かった詩人ですが、今ほどの稀少価値は認められていなかった筈ですから、買い取った先々代は店頭に出し、ほどなく「知られざるコレクター」がそれを求めたのでしょう。

このコレクターの蒐集活動は、ほぼ戦前のことだと推測されます。だからこそ今に至るまで、これほどの本の所在が、知られざるままにあったわけです。もしこれらが事実だとすれば、何とも不思議な因縁というしかありません。

そのコレクションは、ご家族にさえ知られないまま、何十年も押入れの奥に眠っていたことになります。そしてもしKさんが「世界文学全集」と聞いて引取りを断れば、そのまま廃棄されてしまったことも充分考えられます。

落札価格にばかり目を奪われがちですが、ひとつ間違えば失われてしまったかもしれない稀覯本が、こうして市場に現れた経緯にこそ、祝福を送りたいと思います。

それはまた、この業界にひとつの励みを与えてくれるものでもあるのですから。

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2017年07月11日

ある稀覯本の運命2

6月23日の明治古典会特選市に、何点か近代詩集の署名本が出品されております。

勘の良い稀覯本専門店主は、それが今回の立原と、同じところから出たものではないかと感じていたようです。

RIMG2039店主(私)が伝えた出品書店の名は、彼の推測を裏付けるものでした。しかし「合点がいった」というのは、それだけのことではありません。

仮に出品者をK書店さんとしておきましょう。「あの本はずっと昔に、Kさんの店で買ったものの筈だ」というのです。「だからKさんのところに戻ったのは、至極当然のことだろう」。

しかしこの「合点」は、少しばかり実情とは異なっていました。というのも、店主がKさんから話を聞いた限りでは、この本を処分されたお宅では、それがどんなものかもご存じなかったようなのです。

本の持ち主はすでに10年以上前に他界されており、そのご家族から「単に近所だからということで、電話をいただいたようだ」ということでした。

それも「世界文学全集などを引き取ってもらえますか」が初めの言葉だったとか。伺ってみると、押入れから出して積み上げたらしい本の山は、せいぜいカーゴに1台。それも保存状態が悪く、半分方は業界で言うところのツブシだったとか。

そんな中に、そうした署名本詩集が何冊も混じっていたというのですから、ご家族もご存じない、まさに「知られざるコレクター」だったのでした。

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2017年07月10日

ある稀覯本の運命

本自体の真贋が問題になることは、滅多にありません。

ですから仮に萩原朔太郎『月に吠える』の無削除版が市場に現れたとしても、それが故買の恐れでもない限り、特にその来歴に頼る必要はないのです。

ただしその本に意味のある痕跡が遺されていれば、話は違ってきます。例えば自筆署名、献呈名、時には旧蔵者の書き入れなど。

ほとんどの場合、これらが偽筆であることは考えられません。しかしそれによって、高い付加価値のつく自筆本などには、紛い物が存在することも事実です。

三島由紀夫などは、偽の署名も多いと言われています。そうなるとやはり、その来歴が重要になってくるわけです。

今回の大市に出現した立原道造の二冊の詩集は、そのどちらにも献呈署名が入っておりました。朔太郎の無削除版にも劣らぬ稀覯本ですから、それが真正なものであるかどうかは、見た目以上の確証が欲しいところです。

店主の良く知る、稀覯本・自筆本専門店の店主から、この本の出品者が誰であるかという質問を受けました。

公開はされていませんが、秘密というほどのことでもありません。この場合は、双方にとって益のあることと考え、荷主の名を教えました。

すると「それで合点がいった」と、興味深い話をしてくれたのです。(つづく、たぶん)

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