2011年01月

2011年01月31日

楽しい読書

鴎外、漱石の作品を一番熱心に読んだのは、小学校高学年の頃でした。図書室で「現代日本文学全集」に違いない、三段組の活字を追っていたのを思い出します。

何が面白かったのだろうか、と今にして思います。何も分からなかった筈なのに、と。

漱石などはその後、何度か読み返す機会がありました。しかし鴎外は、少しばかり知識がついてくると、かえって歯が立たない感じで、敬して遠ざけるようになりました。

『三田文学名作選』(「三田文学」5月臨時増刊、2000年)は、同誌の創刊90年を記念して発行されたものですが、その冒頭に鴎外の「普請中」という、ごく短い作品が載っています。

一休みの間に読んでみると、「高踏派」という言葉が浮かんできました。うろ覚えの文学史の記憶ですが、確か鴎外をそう位置づけていた筈。しかしどうも西洋文学史における「高踏派」とは違います。これは要するに「キザ」というのを、言い替えたのではないのでしょうか。

高級官僚とドイツの歌姫が、歌舞伎座近くの普請中のホテルで食事をする。それだけの話ですが、その背景や小道具は、現代に持ってきても結構「キザ」。悪い感じを受けたわけではありません。実際、色々と興味深く読みました。

まず、あの厳めしい軍医服姿の写真で記憶する作家が、一体どんな顔をして、こういう文章を書いていたのだろうかと想像してみる楽しみがありました。

さらに当時の人は、どんな感覚でこれを読んだのか、そう考えると「三田文学」という雑誌の購読者にまで想像が広がります。

年をとって増える楽しみもあります。


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2011年01月30日

閑日閑語

「風花」と、家人の声。昼過ぎまで手伝ってくれて、帰ろうと外に出たところでした。

すぐに細かい雪がしきりと舞い始め、急いで表の棚にビニールをかけました。しかしそれも束の間、棚を動かしたりしている間に、止んでしまったようです。

折から、集荷に来た郵便局員さんが「今そこまできたら急に雪が降っきてた。目黒の方じゃ降ってなかったのに」と教えてくれました。「すぐ止むでしょう」「ああ、でも寒いよ」そういって、本日分ゆうメール三通、回収して行きました。

入れ替わりにマフラーを鼻の辺りまで巻きつけ、耳当てをして、校庭監視のブリキ屋さん。眼鏡もかけているので顔は殆ど隠れていますが、何時もの帽子ですぐ分かります。外から仕種付きで「今日は寒いね」。

やがて「こいつを貰っとこう」と、北杜夫の文庫を一冊お持ちになりましたが、小銭入れを取り出して「いけねえ、百円玉がないや」「ついでのときで良いですよ」「そう、じゃ借りとくよ」。前にも、日を置かずお持ちいただき、実績があります。

大きな手袋をして入ってこられたのは、開業当時からのお客様で元文部省のお役人。教科書関係の部署に勤めておられたはず。もう10年以上前に退職されていますが。

今日のお買い上げは『福澤諭吉の思想形成』(今永清二、勁草書房、1979年)。「この著者は私の先輩です。諭吉と同郷で、いまも大分でお元気だけど、こんな本を書いておられたとは知らなかった」と、嬉しそうにお帰りになりました。

こんな調子で、一日の様子を書いてしまえそうなほど、何事もない静かな日曜日でした。

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2011年01月29日

問い続ける

重い本を読み通しました。野中広務と辛淑玉の対談による『差別と日本人』(角川oneテーマ21、2009)です。

テーマである「差別」については、簡単に感想を述べることなど出来ません。ただ終始、二人の強靭な「個」に圧倒される思いでした。とりわけ「個」であることによる「孤」を認め合う終章には、心を動かされました。

この本は、先日話題にしたフランス人男性(ある外資系出版社のCEO)がお持込になった中にあった一冊。明らかに読まれた形跡がありましたから、どんな感想を持たれたか、機会があれば伺ってみたいものです。

その時一緒にお持ちいただいた本のうち、日本の現代思想を紹介したフランス書二冊が、今日売れました。

お買い上げになったのはカナダから来られたインド系アメリカ人で、日本の近現代思想、なかでもマルクス主義思想について研究されている方。竹内好の著作をお探しで「今は梯明秀を読んでいます」とか。

幾つもの言語が分かることを羨むと「ポストコロニアルを体現しているようなものです」と返されました。

お買い上げの一冊はEsprit誌の日本特集(1973年)で、目次に並ぶ筆者の何人かについて質問を受けました。阿部良雄、京極純一、西川潤…、それぞれフランス文学者、政治学者、経済学者などとお答えしながら、頭に浮かんだのはあの言葉です。

Que sais-je? 私は一体何を知っているというのだろう。

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2011年01月28日

昼も夜も

金曜日にしては早い戻りで、まだ店番のχ君は閉店準備にも入らず、帳場で仕事をしていました。

早かったのは、市場が早く終わったから。明古は月末の特選市でしたが、出品点数が600点に満たず、嵩物が少なかったこともあり、4時前には発声が終了しました。

その後、来年の七夕大市会のための準備会議が開かれましたが、これも短時間で終了。それやこれやで6時までには体が空いたのです。

先発隊が「松翁」に席を確保したと言うので、一足遅れて参加しました。実のところ店主は、お昼も会館近くの「満留賀」でお蕎麦でした。しかし、せっかく席を取ってくれているのですから、無下にはできません。

行ってみると、更に後から加わる仲間もいて、最終的には総勢で10名という大人数になりました。

店は相変わらず人気で、頻繁に扉が開いて、空席を探すお客様が続きます。店主ともう一人お酒を飲まない同僚で、示し合わせて早めにお蕎麦を出してもらい、先に食べて席を立ちました。

かくして、この時間の帰還となった次第です。

さて市場の方はと言えば、出品量の割には出来高が良かったようです。珍しい原稿類が出ていて高値になったとか。

『四畳半襖の下張』の荷風署名本というものがあり、開いてみると識語と署名、落款。ただしその識語は、正確な文は忘れましたが要するに「これは私が書いたのではない」と。この落札価格は聞き逃しました。今度誰かに聞いてみようと思います。

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2011年01月27日

青年歌集

あちこち本を動かしているうちに、古い歌集が二冊出てきました。

どこで手に入れたのか、もう思い出せませんが、その時も面白いとは思いながら、商品になる気がせず、そこいらに積んでおいたのでしょう。

kashu改めて手にとって、中を開いてみると、懐かしいというのとも違う、ちょっと不思議な気分にとらわれました。確かにあったはずなのに、実在したことが信じられない景色が、そこから見えてくるのです。

もちろん、店主にとって、同時代というには少しずれがあります。本書の発行は昭和29年と30年。まだ物心つくかつかないかという時分ですから。

しかし「うたごえ運動」は、半ば揶揄の対象となりながらも、10年以上の後にも存続していたという記憶があります。そう、確かにあったはずの時代です。

唱歌、民謡などに混じって「今日はモスクワ」などという歌があります。「自由ヴェトナム行進曲」という歌もあります。もちろんベトナム戦争以前の、占領下での歌です。

一言でいえば「社会主義がもっとも輝いていた時代」ということになるでしょうか。ベルリンの壁が出来るのは、まだ6年も先です。

この半世紀で、私達は果たして幸福になったのか。まことに月並みではありますが、そんなことを思ってしまいました。

内輪ネタではありますが、この中に「月の輪音頭」という歌を見つけました。同じ名を持つ書店に、知っているかどうか、今度会った時に聞いてみることにします。

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2011年01月26日

指揮者へ作曲家から

午後、怪しいなと思いながらも店内で仕事を続けるうち、サーッと一瞬の雨が地面を濡らします。

慌てて表の本を軒下に入れ、濡れたところを拭きました。先刻、空模様を見た時に、雨に備えておけば済んだこと。ちょっと用心が足りませんでした。

本を拭いている最中、「完璧なラブストーリー…」という声が聞こえ、ふと見ると下校途中の小学生男子の二人連れ。何の話をしていたのでしょう。

昨日仕入れた洋書が今朝のうち届き、早速値付け。その中の一冊Nabokov, Nicolas: Bagazh. (Atheneum, 1975)に、献呈署名が入っていることは分かっていました。

その宛名がAkeo Watanabeとなっていて、渡邉暁雄氏だろうという見当も付いていました。ネットで調べて確信。昔一度か二度、指揮する姿をTVで見た程度のはずですが、なぜか風貌まで記憶に残っています。

ナボコフ氏は作曲家、あの作家ナボコフとは従兄弟に当たるらしい。本書はその回想録。タイトルは「荷物」のロシア語をラテン文字表記したもので、二つ目のaはアクセント記号付き。

売値は3000円にしようと決めてはいたのですが、念のためネットで相場を調べてみました。この本自体は、もっと安い価格でも出ています(すべて外国の書店)。しかしさらに調べて見ると、ユージン・オーマンディ宛の献呈署名本が、7000円ほどで売られていました。

まあ、良いところじゃないでしょうか。予定通り3000円と付けて、棚に差しました。

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2011年01月25日

月当番が終了

洋書会の当番も今月はこれが最後。それにしては、ちょっと寂しい出品量。先週に続いてロッカーを漁り、何点か出品。

今日は最後まであまり荷は増えませんでしたが、一点物が多く、それなりに興味深い本はありました。

小店について言えば、10点出品して6点が売れ、新たに2点を仕入れ、差し引きで4万円ほどの収入です。

市場と言うところが不思議なのは、今回出して売れた6点の中には、以前に出品して売れなかったものも何点かあったことです。

「止め値」、あるいは「買い引き」という方法で、自分の期待価格以下で落札されるのを防ぐことが出来ます。そうして戻ってきて、しばらくロッカーに寝かしておいた本ですから、前回より安い値段を設定しました。

しかしその内の少なくとも3点は、前回の戻り値よりも更に高く売れました。

見逃しということもあります、見る眼が違う(異なる人が見る)ということもあります。タイミングも大きな要素でしょう。市場は生き物と言われる所以です。

これを逆にみれば、自身が入札する際にも、見逃したり、買い逃したりしているものが如何に多いかということです。今更ながら、市場の怖さを知る思いでした。

市会終了後、役員会議。5月の大市に向けて、スケジュールや要綱の取りまとめ。その後の懇親旅行についての話し合いが、一番盛り上がったことは言うまでもありません。

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2011年01月24日

アラブの恩返し

お向かいのアラブ人が、お連れ合いと二人で店に入ってこられました。

お二人は去年の暮れに結婚されたばかり。その後、新年をベイルートに帰って過ごしてきたといいます。そういえばしばらくお見かけしませんでした。

ただし女性の方とは、一週間ほど前にお目にかかっていて、今日の訪問はその時のお礼とのこと。

運送屋さんが小店に荷物を届けにきた後、続いて大きな荷物をお向かいに運び上げようとしました。しかし一人では手に余るようで、狭い階段の途中から上に向かって「どなたか居ませんか」と声をかけます。

三階から顔を出しているのは、その女性。この方は日本語が達者なのですが、「いません」と困ったような顔。そこで店主が手伝って、ようやく運び上げたというのが顛末。

運送屋さんに、どうやって車に積んだのかと聞いたら、積む時は平らなところだったので、何とか一人で動かせたといいます。ともかく、二人がかりでやっと、玄関先まで持ち込んだのでした。

男性が、先日は大変助かったと礼の言葉を述べられ、手に持っていた紙袋を差し出しました。開けてみると綺麗な模様の刺繍が施され、房飾りの付いたティシュー入れ。ありがたく頂戴したことは言うまでもありません。

くだんの荷物、聞いてみると中身は健康器具らしく、もし自分で上げていたら、そのために腰を痛めることになったかもしれないと、あらためて恐縮されました。

ともかくこれで、お向かいさんはレバノン人と判明。古のフェニキアの血を引く交易人なのでしょうか。


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2011年01月23日

道案内所

良く道を尋ねられます。昨日は二件。

朝、親子連れのお母さんから「国際高校はどこですか?」。ちょっと外国訛り。「この先のガードをくぐって、左へ線路沿いに行き、左手に踏切が見えたらそれを渡り…」出来るだけゆっくりと丁寧に伝えたつもりですが、無事に着けたでしょうか。

続いて若い女性から郵便局を尋ねられました。「この先をまっすぐ行ったところですが、今日はお休みですよ」「実は、アゴラ劇場というところへ行きたいのです」成る程、それなら確かに郵便局のすぐ先です。

今日も二件。まず、留学生らしい若者が「International Student House」へ行きたいと。手にしたキンドル風の電子端末に、地図が表示されています。パンフレットの地図をそのまま取り込んだようで、かなり分かりにくい。まず現在地を示し、国際高校へ行く途中にあるので、昨日と同じ要領で、踏み切りの手前右側にあると教えました。

午後にはチラシを持ったご婦人。聖徳寺会館をお尋ねです。建物名は初耳でしたが、そのお寺なら前の道をまっすぐ100mほど行った先。そういうと「ああ、お寺の中にあるのですか」。少し不安になり、チラシを見せていただくと、間違いなく住所はそのお寺。墓地も拡げ、積極経営のご様子。

日に二件なら、多いとはいえないでしょうが、一日のご来店数から考えれば、比率は高いと思います。それでも、かつて尋ねられるナンバーワンは「駒場エミナース」でしたから、その分、以前よりは余程減っています。

その建物は、すでに跡形もなく、空が広がっているばかりです。

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2011年01月22日

フランス日和

静かな土曜日、だったのは午後二時頃まで。いつものように前触れもなく(前触れのある人は少ないですが)パトリック・ドゥヴォスさんがご来店。

前回、取り置いて貰った演劇書を買うつもりで来たといいます。ところがもう何ヶ月も前のことで、どこにしまいこんだか、さっぱり思い出せません。

あちこち探し回っている、そんなときに限って、お持込のお客様が続きます。そのうち、年に二三度、まとめて本をお持ちくださるフランス人のお客様の車が、店の前に止まりました。

面白い偶然だと思い、お互いを紹介しようと、「こちらが…」と言いかけると、その先も聞かず言葉を交わし始め、それからは機関銃のように早口のフランス語の応酬です。結局30分ほども、店先で話をされていました。

ドゥヴォスさんが先に帰った後、残った方のフランス人から、実は初対面ではなかったと説明されました。会ったのは10年以上前とのことですが、早口でまくし立てるような喋り方で、良く覚えていたそうです。

さらに自分の知り合いの娘さんが、留学先のパリで、ドゥヴォスさんのアパートを借りていることが分かったと、不思議な縁に驚いておられました。

ちなみに、ドゥヴォスさんはもちろん、こちらの方も日本語はとても流暢。どちらも奥様は日本人。余計なことですが。

今日は、フランス書を買われるお客様が目立ちます。ネットからもフランス演劇書5点の注文が入りました。なんともフランスづいた一日です。

その仕上げに、今夜はフランス料理店で、かつての理事仲間と新年会です。

konoinfo at 18:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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