2011年04月

2011年04月30日

異を唱える

新書を一冊、帳場に持ってこられ、カバーをおつけしようとすると「そのままでいいです。芥川賞、取れなくて残念でしたね。『図書新聞』読まれました?」

文字にすると意味不明ですが、手にされていた本は『バカのための読書術』(小谷野敦、2001年、ちくま新書)。つまり芥川賞落選の弁を、小谷野氏が同紙3月12日号に書いたていたらしいのです。違うかな?

「文春も失敗ですよね。今、本を読むのは私ら年寄りです(ちなみに店主と同年輩)。朝吹さんのように親の死ぬ話など、読みませんよ」どうも、賞を取れなかったことをご本人以上に悔しがっているかのよう。

「面白いから読んでください、あれを読んで大ファンになりました」と、再度、図書新聞について。どうやら「禁煙ファシズム」と闘う話が書かれていた様子。つまりお客様は、日々肩身の狭い思いが強まる愛煙家とお見受けしました。

被災地でも、最低限の生活物資が届くようになると、次に真っ先に求められたのがタバコだったという話を聞きます。もちろん喫煙者に限ってですが。その依存性の強さには、改めて恐れを抱かずにはおられません。生半なファシズムなどでは、抑えきることは出来ないでしょう。

公衆衛生という概念は、画一化が要求される点で、専制的な側面を持たざるを得ないとは、昨日聞きかじった放送大学の一節です。己の健康は、己自身の問題、と言い切れないのが近代国家の現実。

しかしそれに異を唱えることが許されるのも、民主国家なればこそ。浮かない話ばかりの昨今ですが、この一点だけは、失いたくないものです。

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2011年04月29日

お得意様へ宅買い

連休初日。朝から晴れて、今日こそ穏やかな一日かと思えば、午後、俄かに曇ってホンの一時、雨がパラツキました。たとえそれだけのためでも、雨対策に棚を動かさねばなりません。なんとも意地の悪いお天気です。

朝方、車で5分ほどのご近所へ宅買い。これで四、五度目になるでしょうか、その度にほぼ小店のライトバンに一杯。何年か前に、90歳を超えて亡くなられた英文学者の蔵書を、娘さんが少しずつ整理されています。

全体でどれくらいの量なのか想像がつきませんが、一度に処分されるのでなく、少しずつ、といっても車一杯分。ただ、本の状態があまり良いとはいえません、オマケに殆どが洋書。なかなか良い値が付けられず、ご満足いただけることは少ないようです。

今日はまた、これまでになく評価の付かない本ばかりで、付け値にご納得をいただくのに苦労しました。

古書というのはひどく格差のある商品です。以前トラック一台分を市場に出して100万円ほどになったのですが、そのうち80万円は、一抱えほどの本についた評価でした――という経験談をお話して、何とかご理解は得られた、でしょうか。

店主が何度もそのお宅に足を運ぶのも、その「一抱え」に当たることを期待してのことです。今日は店に戻ってから一日、お引き取りした本の整理で暮れました。

ご勉学の程が偲ばれる良い本ばかりなのですが、それと値段とが結びつかないところが、何とも割り切れない。お客様以上に、本屋が抱く思いです。

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2011年04月28日

好感度

午後3時を回っていたでしょうか。店主と同年輩の男性が、表の洋書均一棚に近づき、提げていた袋からガサガサと何かを取り出すと、ポイと口に放り込み、ポリポリと音を立てて食べ始めました。

すぐに棚から一冊の本を抜き出し、顔に近づけて真剣に目次や索引などを調べておられます。その様子は、単なる冷やかしには見えません。その間もポリポリ。

どうしたものかと迷った末、それとなく近づいて様子を伺いますとやがてまた手が袋に伸びます。そこで静かに「恐れ入りますが、食べながらはご遠慮ください」と申し上げると、あわてたご様子で「いや、これは失礼しました。食事がまだだったものですから」と詫びられました。

普通は、飲食をしながら歩いて来られ、本屋に気づいて立ち寄られるというパターンが一般的。そんな場合は「お済ませになってからご覧ください」と申し上げるのに、躊躇はありません。

しかし今日の方の場合は、いくらか気が引ける思いでした。いかにも、食べる間も惜しんで本を探しているという風情でしたので。

表で三冊ほど(ポリポリなしで)お選びになると、店内をざっと一回りしてからお勘定、「いや、本当に失礼いたしました」と改めて恐縮されて、お帰りになりました。

一方には、ここの本は殺菌してありますかと尋ねるような若者がいます。彼なら間違っても、ものを食べながら本に触れるようなことはしないでしょう。しかし店主は、はるかに今日のお客様の方に好感を抱きます。

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2011年04月27日

たかが風くらいで

朝方、強い風に吹き付けられる雨の音で、何度か眼を覚ましました。起きる頃には雨は止み、風ばかりが残って、時折音を立てて吹きます。

この風では、定めしラティスも倒れているだろうと、いつもの時間に車で家を出て、店に来ると案の定、四枚とも道路側に倒れていました。

今日は風の一日です。風が吹くと本は売れない、この不滅のジンクスを、やはり覆すことは出来ませんでした。

今夜はまた雨になり、明日朝まで残るとか。晴れ間もそこそこあるのに、このところ何か悪天候が続いている感じがします。

今週末からはゴールデンウィーク。思えば四月らしさが全くないままでした。お天気のことではありません、店の売上のことです。すでに連休に入ってしまっているかのよう。

例年なら一年のうちでも、一番店売りが伸びる時期ですから、ここでの落ち込みは、少しばかりきつい。連休中、市場もお休みになりますので、店内の整理に励みながら、いろいろと戦略を立ててみるつもりです。

仙台に住む旧いお客様からメール。震災直後に安否を問いかけた、そのお返事。今日になってようやくPCが使える状態になり、当方のメールを見つけたとのこと。無事で何よりでした。

そういえば、郡山に避難した南相馬の先輩は、どうしているでしょう。震災の被害はそれほど大きくなかったようですが、放射能汚染は深刻です。帰る目処は立ちそうにありません。

同業にも、帰れない人たちがいます。それを思えば。

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2011年04月26日

「うなぎ」の言い訳

洋書会4月当番の最終回。いろいろあって、毎回遅刻続きだったので、今朝は少し早めに出るつもりが、着いたら10時を15分ほど回っていました。

次回当番の時は、心を入れ替えて、遅れないようにいたします。

しかし今日は、せっかくメンバーが揃っても、肝心の仕事がありません。出品量が、最近になく少なかったのです。

当番会員誰もが手持ちぶさたで、四方山話を続けていると、一人の同業が台車に本を乗せて運んできました。本日の出品ではなく、三週先に近づいた年に一度の大市会用の出品です。

その中に一冊、四六判より一回り小さなベラム装の本がありました。昔売られた書店の帯紙がついていて、『天正遣欧使節記』と書かれています。

Gualtieri の Relationi della venvta degli ambasciatori
giaponesi 1586年刊の原本です。邦訳では『日本遣歐使者記』(木下杢太郎訳、1933年、岩波書店)。

月末恒例の「うなぎ」を7人でいただいたのですが、会の運営費は出来高に応じて入ってきますから、今日に関しては、明らかに経費倒れ。

でも今年の大市は、この本以外にも例年になく良い品が集まりそうで、会員の期待は膨らんでいます。今日の赤字も、きっと大市で埋め合わせがつくことでしょう。

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2011年04月25日

『本は、これから』

進められて『本は、これから』(池澤夏樹編、2010年、岩波新書)を読みました。

読み終えて感じたのは、満腹感。少なからず本に関わって生きてきた人たちの、大方の立場からの意見が出尽くしているような気がします。このテーマについては、もうこれ以上読む必要はないとさえ思いました。

要するに「あなたにとって本とは何か」を問われたことに対する、自覚的な、あるいは無自覚的な回答集であり、「これから」は、ひとえにそこにかかってくるわけです。

正しい予言があるはずもなく、読み手にとって好もしい意見や、賛成しかねるご託宣があるだけで、そう判断することによってまた、読み手も、同じ問いに答えていることになります。

店主が一番気に入ったのは、長田弘さんの一文。といっても内容や、論旨に賛同したというのではなく、純粋に文章として。

巻頭に、吉野朔美のマンガが置かれていましたが、長田さんのこの文は、詩だといっても良いかもしれません。出久根さんの文もまた、いかにもという感じでニヤリとさせられました。

つまりは、論より芸が、店主にとってはこの本の読みどころだったということでしょう。

肝心の「これから」については、本という巨象を更に皆で撫で回しながら、これまで同様、その歩む先を案じていくしかなさそうだ、というのが、まあ感想のようなものです。

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2011年04月24日

いつもと違う日曜日

朝出掛けに投票を済ませ、さらに一件所要を済ませてから店に。おかげで到着が9時半を回って、最近では珍しくゆっくりした店開けとなりました。

開店は午前10時とうたっておりますから、問題はないはずですが、日曜日というと、朝の散歩のついでにお寄りになるような方も何人かおいでです。当て外れとなった方々には、申し訳ないことでした。

普段お見かけしない方が多いのが選挙投票日の特長。店番をしていて、何度か「へえ、こんなところに古本屋さん」というような声が聞こえてきました。

しかしつくづく、静かな町だと思います。吉祥寺のサンロードに店を出している同業から、先日一緒に食事をしたとき聞いた話では店の前を一日に通る人の数は、6万人だそうです。

その時は、すかさず別の仲間が「うちの前なら一年間だよ」と冗談めかして突っ込んでいましたが、小店の場合は冗談でなく、そのくらいかも知れません。

人通りが多ければいいというものでないのは勿論です。それこそ6万人の中で、古本屋の存在に気づく人がどれほどいるか。逆に言えば、どれほどの人に気づいてもらうかという戦略が、とても重要になります。それなりに難しい面もあることでしょう。

午後から、神田の古書店の先代のご夫人、つまり当主のご母堂の葬儀で神保町へ。昨夜の通夜には参列、今日は告別式を失礼して「山の上ホテル」での初七日から出席。

偲ぶことと、笑いとは、決して不似合いではないとあらためて感じた、心温まる式でした。

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2011年04月23日

宿題をもらう

穀雨の候とあっては、雨をただ厭うわけには行きません。しかし穀物の実りを約する雨ではあっても、本屋に実りをもたらす雨とは言い難いようです。

大人しい雨ではなく、間をおいて強く降ったり風が吹いたり、その度に軒の雫が表の棚に降りかかりそう。それでなくとも湿気を含んで、雑誌などは縁がスルメイカのように反り返っています。

明日が区議選投票日。「最後のお願い」を連呼する車が、これも間をおいてやってきて、昨日までより一段高いボリュームで候補者の名前ばかりを繰り返して過ぎていきます。

雨間には薄日も差したりして、目まぐるしいお天気。ただ、今日は一日、上がる様子はなさそうです。むしろ夜になって本降りという予報。

そんな次第で、店の方はいたってヒマなのですが、昼前に古い友人が訪ねてきて、頼みごとをしていきました。5〜7分程度で朗読できる、短い文章を10本ほど見繕ってほしいというものです。

この友人は「演劇倶楽部『座』」を率いる、壤晴彦という男。身びいきでなく、実力のある役者ですが、どうも商売が下手。そこのところが、店主と似通っているためか(前段ではなく後段の部分です)、大学以来の付き合いが続いています。

普段、殆ど力になれないので、たまには少しばかり役に立ってみせたい気もします。テーマは「日本の面影」、条件は「著作権のないもの」。皆さんなら何をお選びになるでしょうか。一週間の宿題となりました。


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2011年04月22日

会議とおしゃべり

店に戻ると午後10時半。思いのほか、遅くなりました。

午後7時、閉館時間に古書会館を出て、金曜日メンバー4人が先に待つ、すずらん通りの中華料理店へ行き、食事。話が弾んで、そろそろ引き上げようと勘定を済ませ、その後また30分以上も話していたような気がします。

とりとめのない話題ばかり。しかしだから肩もこらず、というより疲れをほぐすのには最適。なにしろ、そこまでの数時間、会館で組合の仕事が延々と続きましたので。

昼に会館へ着き、明古を一巡り。その後同僚と二人で昼食。戻って午後2時半から、新規加入者の面接二件。デザイン関係の仕事からネット書店に転身して6年ほどという、50台の男性。退職後、横浜で始めた店を、神田に移転してこられた60代後半の男性。

つづいて市場の配送システム構築についての、四回目の打ち合わせ。その次に、毎週金曜日に行っている組合員の清算状況の点検。さらに、新しい入館証への切り替えに関する現状確認。

8年目に入った会館の、修繕補修などメンテナンスについても、検討事項が増えてきました。最後には、新配送システムに絡んで、市場の買い上げ品の処理方法についても、改めて考える必要が生じ、その打ち合わせ。

金曜日は、明治古典会の日なのですが、このところ、市場にいる時間はごく短くなっていて、会議続き。まるでそれを補うために、夜の食事会があるようです。

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2011年04月21日

売れて気づく

ネットからご注文をいただいて、本を取り出してきて、カバーに使われている写真を見たときに、「ああそうか」と迂闊にも気がつきました。

その本というのは『未来は既に始まつた』(ロベルト・ユンク、菊盛秀夫訳、文藝春秋新社、昭29)。写真は、地表から立ち上るキノコ雲の姿。

二十世紀が後半にさしかかろうという時代、様々な科学技術が世界を変えようとしている。その予兆を、アメリカ社会に飛び込んで捉えたルポルタージュです。

特に原子力に関する部分は、ウラン採掘を現代のゴールドラッシュになぞらえたり、ロス・アラモスに敷かれる厳重な緘口令で、無知のまま取り残される住民が、危険に遭遇するさまを描いたりしています。

これを入手したのは二年前。その折に一瞥して、データに入れてネットに上げて。そのまま今回のご注文まで、そんな本があることすら忘れていました。

ヤケたり、多少イタミもあったりして、決して美本とは言えませんが、充分読むに耐える状態。他に出している人もいないようでしたので、何かの資料に使う人がいればと考えたのです。

今ならまさにタイムリー。さすがに世間には具眼の士がおられます。それならばとアマゾンを調べてみたら、二点ほど出ていました。ただし小店が販売した価格の約五倍。

手に入れたのが今だったら、幾らの値をつけるかと、自問してみました。しかしやはり、同じ程度の本なら、同じ値段しかつけないだろうと結論し、気を安んじることが出来ました。

konoinfo at 19:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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