2011年04月

2011年04月20日

正しい取り出し方

棚から本を抜き出すときに、背の真ん中あたりを指で挟もうとして両脇の本を押し込む方が、案外いらっしゃいます。どうかすると爪を立てて、そのために背に跡を付けるようなこともあります。

何故そんな不自由な取り出し方をされるのか、不思議な気がしていましたが、ふと思いました。もしかしたら過去に、天に指をかけて本を引き出し、縁を痛めてしまわれた経験があるのかもしれないと。

古本屋の棚の本は、かなりしっかり詰まっています。ギッシリと言ったほうがいいような場合もあります。そこでむやみな取り出し方をすると、本を傷つけてしまうことがあるのです。

昔はそんな時、本屋がお客様をたしなめたりしたものです。いまや user friendly が常識の時代、そんな詰め方をする本屋が悪いと言われるのがオチでしょう。

確かに、壊されないかとピリピリしているより、取り出しやすい陳列を心がけるほうが、精神衛生にだって良いに決まっています。

それでも口を出さざるを得ない場合があります。函から本を出すときです。ここでもやはり、背を摘もうとして指を函の中へ差し込む方がおいでです。あるいは天の狭い隙間に爪を立てる方も。

洋書には何冊かまとめてケースに入っているものが、よくあります。これを取り出すときなど、その傾向が更に顕著です。危ういなと思ったら、早めに声をかけ、実演するようにしています。

プレイヤード版プルーストの4冊函入り美本、そのプラスチックカバーの背の天辺が欠けているのに気がつきました。ちょっと悲しくなりました。

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2011年04月19日

支援の方法

今回の震災において古本屋仲間も、大小さまざまな被害を受けました。小店だって、被害がなかったわけではありません。

しかし、店を流され、お連れ合いを喪われたという宮城県の一書店については、心中をお察しすることさえ困難です。

その本屋さんが、再起を決意され、昨日、東京組合に挨拶においでになりました。お会いすることはできなかったのですが、現在は群馬県に避難されていて、そこで営業を始めたいとのことのようです。

店主などにしてみれば、この余震続きで、まだ震災が終わったという気さえしないのですが、壊滅的な被害にあわれた方々にとっては、すでに日々、新たな生活を構築するための努力が始まっているわけです。

いつまでも次の揺れを恐れているのは、まだ失うべき物を持っていればこそ。再スタートに踏み切らざるを得なかった方々のご不幸を思い、我が身の仕合せを悟りました。

その書店さんが古書会館に来られたのは、もちろん挨拶だけではなく、支援を求められての事でもあります。

先日の全古書連総会において、集められる義援金は日赤に預けることに決めました。同業への直接支給は分配が難しく、かえって禍根を残すとの判断からです。

それでもこうして当事者から直接訴えられたとあっては、何かしらの対応を考えざるを得ません。

またしかし、先の総会で兵庫組合の方々は、お金より思いを届けることが大切と、自らの経験を元に語っておられました。何が出来るか、何をすべきか、よくよく考えなければならないでしょう。

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2011年04月18日

いつかパジュへ

うそかまことか、確かめたわけではありませんから、はなはだ無責任ですが、韓国では書店で本を買う人は少数派らしい。本屋はいわば品定めの場、気に入った本があると、ネットで注文するのだとか。

時折店に入って来られる学生さんが、申し合わせたように携帯やスマートフォンを店の中で操作しているのを見て、いつだったか洋書会で、仲間がそんな放談をしていたことを思い出しました。

ちなみに韓国では中古品を買い求めることを恥じるような気風があり、日本のようないわゆる新古書店は、殆どないとも聞きます。だからこの話は、あくまで新刊を買う時のこと。

ただ近年、若者の間では日本に倣って古着なども流通するようになり、中古品に対する抵抗が少なくなってきたので、これからは古本屋も増えるかもしれない。

と、これは組合で訪問する予定だった、パジュ出版都市の関係筋からの情報。ただしこれも又聞き。

あの震災がなければ、3月の下旬には、古書組合から理事長と広報部数名が、韓国の書籍文化の将来を担うべく建設されたその都市を訪ね、交流の第一歩ともなるはずのところでした。

しかしこれは、取り返しのつかないことではありません。いつの日か、再びその機会を得ることも出来ると思います。少しばかり増した困難を、一つずつ乗り越えることによって。

その時には、店主もメンバーに加えていただこうと思います。

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2011年04月17日

勤勉風怠惰

日曜日。日なかにいると、シャツも脱ぎたくなるほど。ハナミズキの若葉が一気に開いて、花もつけ始めました。

区議選が始まり、駒場も俄かに喧しくなったようです。といっても選挙カーが通り過ぎるときだけ。そのあとは、かえって静かさが際立ちます。

先週買った洋書の整理。日本書に比べて、手間もかかり、売れ足も遅い。その中でも英語ならまだしも、フランス語、ドイツ語となると更に手間もひまも掛かります。

殆どがそのドイツ語。音楽書が多かったのが、原因です。火曜日はともかく、金曜日にも音楽洋書が出ていて、つい買ってしまいました。

50冊ほどの口でしたが、中世音楽関係が少し入っていたのに惹かれました。しかしそれよりも、今年の初め、延々とやり取りを重ねた挙句、ようやくオーストリアの音楽家にお納めしたのと、同じ本をその中に見つけたのです。

「二匹目の泥鰌」などと考えたのではありません。遥か日本に、言葉の不自由、為替の不便をおしても、頼まなければならないほどの専門書。そんな本が、二組まで日本にあったということに、感じ入ったのでした。

これに限らず、日本には質の高い洋書が豊富です。世界に向けて売るということを、もっと真剣に考えても良いと、常々思っていて、例によって思うばかり、一歩も前に進みません。

毎日店を開けているからといって、この店主が勤勉とは程遠いことは、誰よりも本人が承知しております。

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2011年04月16日

一軒店

裏で一休みしておりますと、店の方からお客様の声が聞こえてきました。

「駒場は一高時代も入れれば、随分長い歴史があるのに、どうして一軒だけしか古本屋さんがないのですか」

店番のミセスCが、何やらもごもごと答えているようですが、その声は聞こえてきません。もちろん正解があるはずはなく、お客様もそこまで期待されているわけでもなさそうです。

それでも、改めて考えてしまいました。確かに、一高時代はいざ知らず、戦後、教養学部となってからでも、小店が店を出すまでには30年以上あるのですが、その間ですら、古書店が栄えた記録はありません。

僅かに、元貸本屋さんという店を記憶しています。また小店の開業から何年か遅れ、定年退職して小さな店を、近くに開いた方がおられました。この方は、程なく急逝されたため、営業されたのは多分三年に満たない期間でしたでしょう。

かくしてこの28年、小店がほぼ孤塁を守ってきているわけですがやはり何故の答えはありません。要するにそれだけ厳しい自然条件だということでしょうか。

というと、何やら風雪に耐えて、しぶとく根を張っているように聞こえるかもしれません。しかし、いつの日か店をたたみ、さらに月日が流れた時、ここに古本屋があったことを、どれほどの人が記憶しているかといえば、心もとない気がいたします。

今だって、駒場に古本屋があったことを知らずに卒業されていく学生さんの方が、おそらくずっと多いのですから。

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2011年04月15日

近隣対策

昼に古書会館へ。明治古典会で二点入札、二点落札。一つは音楽関係洋書約20冊、もう一つは映画演劇関係日本書5冊。相変わらず、明古らしい稀少性の高いものには、縁がありません。

4時過ぎに来客。五反田の南部会館隣に新築予定の、分譲ワンルーム・マンション施工会社の方々。工事に入るに際して、組合側から申し入れをするために、ご足労いただいたものです。

南部会館では月に一度くらいのペースで、即売展を開きます。普段は業者だけの出入りですが、そんな時は一般のお客様も出入りし、また表にも本を並べる為、人だかりが出来たりすることがあります。

そうした事業活動について、未来のマンション購入者、入居者にあらかじめ周知を図ってもらうことで、後々のトラブルの種を取り除いておきたいというのが、こちらの望みでした。

なにしろ建築説明会に出席した組合員の説明によると、近隣の激しい追及に立ち往生し、当分、建築は始まらないのではないかとの観測でした。その説明会で攻撃の急先鋒だった人たちが、コロリと同意したらしいという話に、不安を感じてもいたからです。

場所柄、ややこしいオニーサンや、オネーサンが入居することはないか、というのも不安の一つでした。

しかし、今日の話し合いにより、販売時の説明文書に、会館の事業内容などを加えていただけることになりました。どれほどの効力を持つものかは分りませんが、ないよりはましでしょう。

それにしても、何が同意を早めたのか、謎は残ります。

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2011年04月14日

昨日から今日

昨日は名古屋で全古書連の定例総会。昼過ぎに着いて、食事をして会場に入り、3時から会議、6時から懇親会、二次会、三次会と尽きぬ話の挙句、ホテルの部屋に戻ったのは午前1時を回っておりました。

後先になりますが会議では、全古書連で取りまとめる東日本大震災への義援金の、寄付先をめぐって様々な意見が出ました。本屋仲間に直接渡せないか、というのが主たる異論でしたが、分配の難しさを説き、原案どおり日本赤十字社にと決定。

同業を力づけるために何かをしたいという出席者の思いは強く、それぞれが、お金集めにとどまらない、更なる支援をこれからも探ることになりました。

コートを持って出かけたのですが、昨日に続き今日も、上着だけでも汗ばむほどの陽気。午前9時過ぎに名古屋古書会館へ。総会を歓迎する大市会を一渡り見てから、ささやかに入札。

10時半過ぎ、ここまで同道した東京組合の理事会メンバーは、この会場で一旦解散。半数ほどに分かれた、一足先に帰る組で戻ってきました。

昨日一日と、今日の昼過ぎまで店を空けた勘定ですが、留守中取り立てて変ったこともなく、まるでこの一日半が存在しなかったかったかのように日常に立ち返り、店番につきました。

それは考えてみれば、有り難いことではありますが。


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2011年04月13日

お飾りにする前に

洋書は洋書会だけに出るとは限りません。洋書会に日本書が出ることがあるのですから、そのこと自体は、おあいこです。

しかし例えば他の交換会で、大きな山になった洋書を、ディスプレイ用として仕入れる本屋さんが落札していて、その中に良い本が混じっているのを見た時など、洋書会に出してくれていればなあと、思う事があります。

ディスプレイ需要は結構根強くて、洋書会のメンバーでも、かく言う小店でさえ、時折注文を受けて、お納めしたりしています。

しかし例えば小店の場合は、見切り本か、本としてはさして需要の見込めないものを、それに当てています。他の店も、大方そのようなところでしょう。

ただ、最近ではディスプレイ用が中心の店も生まれ、旺盛に仕入れをされています。それは一面では、洋書市場に活気を与えていて、あながち悪いことではありません。

しかし古書、とりわけ洋古書は、手に入れるのが難しい本が大かたです。その本を求めている人がいる、あるいはいるかもしれないと考える。そこにこそ、古本屋という商売が成立するはずです。

古書の流通の中に、そうした目が届かない部分が増えて行くとしたら、それはある意味で、業界を細らせることになるのではないかと、危惧するのです。

本として生かせる道を、一度は与えてやりたいではないですか。

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2011年04月12日

久々の感覚

朝、店の仕事に手間取って、洋書会へ出かけるのが遅くなってしまいました。

息せき切って駆け付けると、もうお昼近くです。大方片付いていましたが、ドイツ語の一口物が平台三列ほどに広げられていて、良ければ見て欲しいと言われました。

大きく4つ5つの山に分けられています。しかし良く見ると、それぞれの中に、小店でも欲しいような本が点在しています。そこで遠慮なく、音楽、文学、演劇、美学といった括りで、それぞれ10冊から20冊ほどを抜いて5点ばかり作りました。

そうして抜いた口には、責任を持って札を入れます。というより自分が欲しくて仕分けたのですから、当然のことです。ところが結果は、一点だけ買い逃してしまいました。

そうなると俄然、惜しくなります。なぜもう少し強い札を入れておかなかったかと悔やまれ、挙句には、それが一番良い口だったような気までしてきます。

思えば、久しぶりのことです。かつては「自分で分けた口は買えない」というのが、通り相場となっていました。良いものを集めるのですから、プロの目が留まるのも当然。そして、そこにこそ市場で本を仕分ける意味もあるわけです。

無事落札できた他の本を縛って片づけたあと、「逃がした魚は大きい」という公理を噛みしめながら、帰路についたのでした。

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2011年04月11日

早くも週末気分

朝から午後3時前までは店に居て、それから古書会館へ。既に始まっていた会議の後半から参加。

5時からは別の会議。組合の定款を変更して、役員選考を少しでも楽にしようという目論見。しかし、なかなか理解が進みません。といっても今回が第一回。これからひと月ふた月で、どこまで辿り着けるでしょうか。

その会議のさなか、かなり強い揺れがありました。思えば今日は4.11。あれからちょうど一か月です。3.11を一回り二回り小ぶりにしただけの、同じようなパターンの揺れでした。一月前の経験がなければ、かなり驚いたかもしれません。

6時からは定例の合同役員会議。前回は震災前。自ずから話題は、震災に絡んだものが多くなり、終了もいつもより30分ほど伸びました。

天気予報が控えめに仄めかした「所により俄か雨」が、揺れの前から始まって、帰る頃になってもしっかり降っています。急いで店に戻ると、既に店は仕舞い終えた後でした。

明日は朝から洋書会。明後日は、やはり朝には出て、名古屋で会議。年に一度の全古書連総会。懇親会が夜にあるので、そのまま一泊。店に戻るのは木曜日の午後になります。すると翌日は、もう明治古典会。一週間はあっという間です。

まだ今週は、始まったばかりだというのに。

konoinfo at 22:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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