2014年02月

2014年02月28日

お礼の食事会

RIMG0881朝、池尻大橋のバス停から駒場の店まで約10分あまり歩くと、コートは脱いで手に持ったままにもかかわらず、少し汗ばむほどの暖かさでした。

店に着いて、月末の雑用をいくつか済ませてから、古書会館へ。明治古典会は2月最後の市で、恒例となったフリ市の併催。一点ずつ、フリ手の声に応じて競り上げていく形式です。

昔ながらのセリ市と、オークション方式とをミックスした、新たなフリの形を模索しつつ、何度か続けてきましたが、まだまだ発展途上。毎回、終了後に反省点を話し合っているような状態です。それでも着実に、認知されてきたという気はしております。

全体の出品量が少なめだったこともあって、市場が終わったのはいつもより早めの午後4時半頃。後片付けや事務的な仕事を済ませると午後5時半。

今夜は、今期初めての幹事食事会が予定されておりました。総勢9人、美土代町に移転中の「七條」で、難しい話は抜きにして、ゆっくり食事を楽しんだのです。

店主も心置きなくワインを飲み(これがバス出勤の理由)、フレンチながら三種類のコースを皆でシェアし合って、おかげで分量も加減でき、各自が過不足なく堪能することができました。

終わって勘定書きを見てびっくり。予定していたより、かなり格安の料金です。

今日の勘定はロートル3人の割り勘。というのには訳がありました。明古では、些少ながら幹事手当てというものがいただけるのですが、それが9人一律。しかし、普段の仕事振りは、3人と6人で明らかな格差があります。

そのことに対する、お詫びと調整の意味を込めての一席でもあったわけでした。

意外な安さに、もう一回くらいは、こんな機会を設けるべきかと、年嵩の3人、話し合った次第です。

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2014年02月27日

リニューアルの第一歩

『日本の古本屋』リニューアル会議が、午前10時から12時半まで。お昼が取ってあって、それをいただきながら雑談。午後1時半から5時半まで、新サイトに対する要望などのヒアリング。

この午後の部では、組合員の中から適当と思われる方を何名かお招きし、これまでのサイトに対する不満とか、今後あってほしい機能などについて、いろいろお話を伺うことができました。

皆さん、それぞれ商売の形態も違い、当然、望む形も様々ですが、一様に、真摯にお考えをまとめてきていただいたのには、感心いたしました。

今さらのように感じたのは、組合員の多様さ。一人でお店番をしながら、その傍らでネット入力をされる方。多くのアルバイトを使い、ネット専門で大量に販売をされている方。

ある書店さんからは、一日に7000点の書籍を登録し、5000点を販売する(残念ながら『日本の古本屋』ではありませんが)というお話を伺いました。

一方、これは別の機会ですが、あるお店では、一冊の本を登録するにあたり、現物を吟味したうえで、さまざまに書誌情報を調べその相違点などを補うなどして、20分は掛ける、という話を聞いたこともあります。

これだけの違いがあれば、そのすべての要求に応えるシステム作りは、ほとんど不可能というべきでしょう。

RIMG0954もとより、そんな大それたことを目指しているわけではありません。古書組合が運営するサイトとして、その果たすべき役割がどのようなものであるか、それを確かめながら、そのあらまほしき姿に一歩づつ近づけていくだけです。

忘れてならないのは、それを運営する組合員の役割という視点。組合が運営する、といってもその主体は誰か彼か、実際の組合員であらざるを得ません。

組合員が無理なく運営に係われるサイト。持続可能性は、そこに掛かっていると思います。

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2014年02月26日

何千人に一人

午後5時頃のこと。

二日間にわたった東京大学の入学試験が終わったらしく、店の前を同じような年恰好の若者が、三々五々といった感じで、通り過ぎて行きました。

数えたわけではありませんが、結構な数。と言っても100人を超えるかどうか、といったあたり。

RIMG0950そのうちの何人かは小店を覗き込んだり、あるいは表の雑貨に目をとめたりしましたが、いずれも立ち止まることなく歩き去り、じきに静寂が戻りました。

不思議なのは、ここを通って、どこへ向かおうとしているのかということ。渋谷まで歩こうというのでしょうか。

そう考えて、改めて小店の立地の弱点に思い至りました。

東大生が正門に直結した井の頭線に乗る場合は、初めから勘定外として、それ以外の方法でどこかに向かおうとする場合でも、わが店の前を通る必要は全くないのです。

今日、何千人が駒場で受験したのかは存じませんが、その中の100人そこそこ。率にすれば、数%の流れしか、こちらに向かわなかったことになります。

それもその多くは、あまりの混雑でやむを得ず迂回したくらいのことだったでしょう。数千人が一時に駅に殺到する、という事態は年に何度もありません。日頃はさらにその割合が低い筈です。

そんな中で、明らかに受験生と思われる一人が、文庫本を二冊、お買い上げくださいました。

歩留まりの低さを嘆いてばかりはおられません。いまどき、和辻を読もうかという奇特な若者です。

ぜひ合格して、再び小店を訪ねてもらいたいと、心から祈念いたしました。

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2014年02月25日

春の京都

RIMG0957今年の春は、久々、京都に行くことになるかもしれません。

学生時代の仲間がそれぞれにリタイアの時期を迎え、しばらく前から、数年に一度くらいのペースで顔を合わせるようになっています。

今年は北海道に住まいを移したメンバーが京都に里帰りしそうなので、しばらくぶりに集まろうという話が、年初からありました。

ある日、幹事役から電話が入り、日程が決まったが、出席できるかどうか、と問い合わせてまいりました。店主は最近何度かの集まりには、顔を出しておりませんでしたが、遠来の客もあるので今回は是非にとのこと。

家人と二人で、と求められましたが、さすがにそれは無理。しかし店主一人なら、やりくりがつかないでもありません。何とか出席したいと答えると、宿はどうするかと重ねての質問。

他にも宿泊組がいるのであれば、一緒に手配してほしいと答え、その電話は終わりました。

数日後、改めて電話があって、あてにしていた宿が取れそうもないので、独自に探してみてほしいといいます。その日程というのが4月12日の土曜日。

最初に聞いた時点で、怪しい予感はしておりました。春の観光シーズン真っ盛り、その土曜日に空いている宿があるものだろうかと。過去に、同じような時期、組合の仕事がらみで宿の手配に苦労した記憶があります。しかしあれは、土曜日ではなかった筈。今回はさらに条件が悪い。

それでも一人なら、何とかなるかもしれません。いざとなれば、最近はやり(らしい)のカプセルホテルという手もあります。しかしせっかくの機会に、一人つまらない宿に戻るのは、いかにも芸がない。そもそもこんな時期のこんな日に集まろうというなら、もっと手回し良く、宿くらい取っておいてくれるべきではないか。

と、幹事役に文句の一つも言いたくなったのですが、そもそも昔から、店主も含め、気の利かない仲間の集まりであったと思い出し、妙に納得してしまいました。

近づいたら、キャンセル分でも探してみようと思っております。

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2014年02月24日

長年の探求書

数百から数千という数で作られたものを、いまどき大量生産品と呼ぶことはできないでしょう。

本は、年間数万点出版されるうちの、おそらく9割以上がそんな部数です。となると、もっと希少であってもいいはずなのに、大抵の本は、どこかで見つけられるように思えます。

RIMG0956他の物品と比べても、残存率は極めて高いのではないでしょうか。しかも、お金さえ出せば手に入る。つまり商品として存在している。

もちろん、ある時代、つまり第二次大戦、さらには関東大震災以前のものは、ぐっと希少になりますから、ここでは別の話。

我々本屋からしてみれば、ちょっと珍しい本を手に入れたと思って『日本の古本屋』などを検索してみると、数件、場合によっては数十件もヒットして、がっかりすることがしばしばです。

ですから、たまに一点も出品されていなかったりすると、驚くような値をつけたくなる気持ちも、分からないではありません。

某サイトなどで、それが臆面もなく行われているのは、素人さんだから、とばかり思っていると、業者でも同様だったりします。

値下げ競争と対になって、殆どゲーム感覚なのでしょうか。店主には、それが楽しいことには思えませんけれども。

先日、店においでになった女性が、しばらく棚をご覧になった後で「ウラーノワの『バレリーナの道』という本はありますか」とお尋ねになりました。未来社てすぴす叢書の一冊です。

ネットでご覧になったか、どなたかに教えられたか、確かに一冊在庫しておりましたので、裏から出してきてご覧に入れると、「いつから在ったのですか?もう10年も探してました」と驚きの表情。

初版は1954年ですが小店の本は1979年の第4刷。ネットに上げたのは2年前、在庫に登録したのは6年前。しかし入荷は、それより何年か前のはずです。

102頁の薄い本に、付けてあった値は1000円。喜んでお買い上げくださいました。

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2014年02月23日

またまた雑貨

ちょっと不思議な宅買い――とは言えませんね、買ってきたわけではありませんから。お預かりしてきただけ。なにしろ、本は一冊もありませんし。

数年前ご主人に先立たれて、一人暮らしとなったご婦人が、足腰が弱ってきたこともあって、有料老人ホームへ移ることを決意されました。

広さが半分ほどになるので、今ある家具やら、こまごましたものを処分したい、というご相談を受けたのです。前に蔵書の整理をさせていただいた、そのご縁でのお話でした。

畑違いですので、知り合いの道具屋さんを紹介しようと思ったところ、ちょうど海外へ仕入れに出かけて留守。ひとまず様子を拝見に伺いました。

いわゆる家具類は、素人目に見ても、道具屋さんが喜んで持っていくようなものではありません。ただ外国暮らしも長かったご夫婦ですので、あちこちの民芸品などが飾ってありました。

アフリカ、中近東、東南アジア、ヨーロッパ。各地で求められた生活小物類もあります。

とにかく荷物を減らしたい、というご要望ですので、先ず小店の車で積めるようなものだけ積んで、戻ってまいりました。

業者に売るとしたら、幾らにもならないものが殆どです。中に数点、いわゆるブランド物の銀器とかグラスなどがありましたが、保存状態は必ずしも良くありません。

様々な状況から判断して、ひとまず小店でお預かりし、売れた時点でお代を納める、という形でご了承いただきました。

RIMG0960ヤフオクで売る、というのも一法ですが、写真撮りや、梱包発送などが面倒そうなものが多く、すぐには取り掛かれそうもありません。

店に並ぶ小物は並べて、しばらくは様子を見ようと思っております。

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2014年02月22日

Nゲージの不思議

近頃、平均して朝の8時前後には、表に棚を出し始めます。

前にもお話しましたが、店の前の通りが、平日は午前7時45分から8時半までの通学時間帯、歩行者専用となります。

それまでに出かけたい家族を同乗させることが多いため、いつの間にか、早い時間に店に来ることが習慣となってしまいました。

とりあえず棚を出して開店態勢としておいて、メールチェックや受注品の荷造りなど。慣れてみると、この時間帯は、案外仕事が捗ることも分かりました。

RIMG0917というわけで、ある朝、表に本やら雑貨やらを出していると、高校生が一人近づいてきて、Nゲージの箱を覗き込みました。すっかり顔なじみになったマニアです。

「何か探してるの」と聞くと、「この間気になったのが一台あって、一番下にしておいたのだけど、買われちゃったかもしれない」そう言って、箱のなかをひっくり返し始めました。

「そういう時は、取っておいてと頼めばいいんだよ」というと「それは結構ハードル高いですよ、頼むというのは」。

「まあ売れたら売れたで仕方ないんだけど」と言いながら、なおもしばらく探していて、「あった」。

その一台は食堂車で、のちに使い回しされ、高さの違う車輛と組まれて走った、というような薀蓄を語ってくれたのですが、馬の耳に念仏とはこのこと。

めでたくゲットして、悠然と去っていきました。登校時間には間に合ったのでしょうか。

それにしても、似たようなことが本であったとしたら、これほど穏やかな対応は出来そうもありません。

どこかに隠す。それを探して引っ掻き回す。Nゲージでそれをやられても、一向に腹が立たないことが、不思議でした。

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2014年02月21日

寒い夜の出来事

今日の明治古典会は、量はまずまず、出来高は今一つという、労の多い割に報われるところの少ない市でした。

市会終了後、臨時総会。7月の七夕大入札会に向けて、実行委員会が発足。来季を受け持ってくれる新幹事が、承認を受けました。これでバトンを渡す相手が決まったという次第。

会議の後、久しぶりに席がとれた居酒屋へ4人で。少しばかり肩の荷が下りた気分で、ウーロン茶を飲みながらの食事を終えてから、店まで帰る井の頭線の中での出来事です。

吊革につかまって立っていると、前の座席で端に凭れるように眠っている乗客の手元から、何かがするりと落ちて、ゴトン、ビシャッという音をたてました。

落ちたのはカップ酒の容器。プラスチックのふたが外れて、半分ほど残っていた酒が床に撒かれたのです。

立ち上る匂いからすると、まだ冷めきっていない、暖かい酒のようでした。とっさに足を引いたのですが、靴とズボンの裾に、少しばかり掛かりました。

その乗客は慌てる様子もなく、というより半ば朦朧とした様子で落ちたカップを拾い上げ、手元に収めてまた眠り始めました。

その様子を仔細に見ると、いかにも暖を取りに電車に乗り込んだという風姿です。確かに外は冷え込んできました。今夜眠るところはあるのでしょうか。

他には近くに立っていた人はなく、誰にも酒が掛からなかったのは幸いなことでした。

RIMG0921酒はドアの方向へ幾筋にも流れ、やがて駒場東大前駅に着くと、何人もが降りるうちに、まるで気づかないのか無頓着に踏みつけていく人も現れ、駅のホームに、幾つもの足跡が残りました。

店主もその流れを一跨ぎしてホームへ降り、寒さに急かされるように店に戻ったのです。

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2014年02月20日

Now I'm 64

『日本の古本屋』事業部定例会議+αで、午後1時から7時まで、古書会館7階の会議室に缶詰。

それでも、午前のリニューアル会議は失礼させてもらっておりますし、午後7時過ぎに会館を出るときも、会議が完全に終わっていたわけではありません。

つまり、他の事業部員は朝の10時から夜7時を過ぎてなお、会議を続けたという次第。申し訳ない気持ちを抱きながらも、店主にも事情があり、一足先に帰らせていただいたのでした。

その事情というのは、火曜日と金曜日以外は、店番の手配をスポットで頼んでいるため、予定時間に戻らなければならないこと。大抵は予定時間をオーバーして会議は続くので、つい中座することになるのです。

もちろん文句を言っているのではありません。話し合うべき事柄はあまりに多く、与えられた時間があまりに短いのです。

今日の主要テーマ、すなわち+αの部分は、次世代『日本の古本屋』のデータベース部分についての検討でした。今はまだ、大いなる希望を語り合っている段階。これについてはおいおい、お話しすることもあるでしょう。

RIMG0897ところで、今朝、店に来てパソコンを立ち上げ、Google Chromeを開いたとき、ケーキが6個並んでおりました。

始めは気にも留めなかったのですが、先に見ていた家人が、「すごいね、どうしてこうなるの」と言ったことで気がつきました。

カーソルを、Googleという文字の6個のケーキの上におくと、「高孝さん、お誕生日おめでとう!」という文字が出ます。何と、今日は店主、64回目の誕生日なのでありました。

思えばポール・マッカートニーがWhen I'm 64と唄ったSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band.は、店主が自身で買った始めてのビートルズのLPでしたが、それがレコーディングされたのは1966年。

そのとき店主は、「悲しき16歳」でありました。

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2014年02月19日

二つの文章

本書は順調にゆけば1969年頃には少し別な形で出版せられてゐたかも知れなかったが、無意味で不快な東京大学紛争のために、思索も出版も大いに妨げられた。それにも拘らず、時日の多少の遅延を除き、所期の目的を達しえたのは、愚かしい紛争中もこの種の講義を含めて一度も休むことなく参集して、真理の共同的探求といふ大学活動を続けた東京大学文学部美学藝術学部研究室全員、すなはち全教職員と全大学院学生諸兄姉の好学の念に負ふところが多い。

ぼくは、自分の学徒出陣の体験などから、戦後の学生運動に一貫した関心を持たざるを得なかったので、駒場の学生運動のリーダーたちとはたえず個人的な交渉をもっていた。(中略)その後の事態の異常な激化は、半年後には再び学部首脳の交代を余儀なくして、ぼく自身が学部評議員として安田講堂落城の前後にわたって、かつての軍隊時代にもなかったような身体的危険の経験も味わった。

最近、相前後して目にした二つの文章です。

前者は今道友信『同一性の自己塑性』(東京大学出版会 1971年)の後記から。

後者は平井啓之「同舟の人、前田陽一先生」(『前田陽一 その人その文』編集刊行委員会 1989年)から。

ちなみに今道先生は1922年、平井先生は1921年のお生まれ。

RIMG0900世代論を持ち出す気はありませんが、この、ほぼ同年のお二人の、あの時代に対する見方、処し方がかくも対照的であったことに、色々と考えさせられました。

もっとも、今道先生の文から被害者意識しか窺えないのは、まだ記憶も生々しい時期だったからかもしれません。

どちらも尊敬すべき先生ではありますが、平井先生には偶然、その晩年に知遇を得ることが出来ました。

それ以前から、お考えの一端を著作などにより存じていたこともあって、とてもうれしい出会いであったことを思い出します。

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