2014年09月

2014年09月30日

大量に買いたい

洋書会当番も、今月は今日が最後。9月も今日でおしまい。

前者はともかく、後者については、まったく溜め息をつくしかないのですが、市場のほうはそんな店主の憂いとは裏腹に、会場狭しと本が並びました。

先週の一新会大市にも大量の洋書が出ていたとご報告いたしましたが、その片割れも含まれてはおりました。しかし残り物ではなく、取り除けてあった新たな出品。

短い期間にこれだけの量を、数多いとは言えない洋書業者だけで、果たして消化できるかと危ぶまれました。

しかしまったくの杞憂。「どこにしまおうか。場所がない」などと嘆きながらも、汗をかきつつ落札した本を縛ってカーゴに積んで、あれほどの量が、開札終了から二時間とは経たず、きれいに片付きました。

恐るべし洋書屋の胃袋。

さて店主はといえば、自ら小さく仕分けた口、数点に絞って厳選入札。それでも何点かは買い逃して、量の点から見たら、全く微々たる戦果に終わりました。

RIMG1607同じ金額で、この数倍、いや十倍以上の量を買いこむことも可能ですが、それは現在の小店の状況からして、消化不良を起こすのみ。

そう考えて、あえて自制したのではありますが、健啖ぶりを発揮する同業の姿を見ていると、やや情けない気分にもなりました。

そもそも好きなものを少量という買い方は、実際はもっと高価な本を扱う人の方法です。店主のように、さして高くもない専門書やテキストを扱う業者が、そんな真似ばかりしていては栄養不良で体を壊しかねません。

とはいえ、今は在庫の整理が急務。まず店を片付けないことには、新たな本を受け入れる余地がない。この点については、小店の場合、掛け値なしの本音です。

「洋書まつり」も一ヶ月余り先に迫ってきました。今年こそは、この機会に在庫を大放出して店内をスリムにし、心置きなく大量買いできる体質を取り戻したいものだと思っております。

konoinfo at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月29日

処分リスト

「字が汚くて申し訳ないですが」といって、一人のご婦人が小さなメモをお見せくださいました。

拝見すると全集類のタイトルが数点、書きつけてあります。「引き取っていただけるでしょうか」とのお尋ね。

題名から見当のつかないものは一点もなく、つまりは、さほど良い値になるものはありません。それでも処分してしまうには惜しいものもありますので、「どちらですか」と伺いました。

すると「熱海です」というお答え。さすがに、「都合がつけば引き取りに」という距離ではありません。

「他にはないのですか」「これだけです」

RIMG1610しばし答えに窮しておりますと、「こちらに送れば良いでしょうか」とおっしゃいますので、「送っていただいても、送料がもったいないものもあります」と正直に申し上げました。

結局、ご自分たちが車で行ったときに、積めるだけ積んで来ようということになりました。あらためてリストをお出しになり、どれとどれを引き取ってもらえるかとお尋ねです。

店主の言葉に応じて、二重丸ひとつ、丸二つ、三角二つというように、タイトルの前に印をつけられました。

ただし、揃っていないと値打ちが大きく下がるものもあります。それと本の状態。その点を念押ししますと、「冊数についてはもう一度調べてご連絡します。扉付の書棚に入っているので、それほど悪い状態ではないと思います」。

あえてご連絡先もお尋ねしなかったのは、自由にご判断いただきたかったからです。

さてご婦人がお帰りになったあと、メールを開くと一件、お問い合わせがありました。20冊ばかりの書名を連ねたリストがあり、これを処分したいので見積もりをして欲しいという内容です。

小店では以前から、こうしたリストに基づく見積りは、よほど専門とする分野以外は、原則としてお断りしておりますので、その旨を書いて返信いたしました。

konoinfo at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月28日

本を整理する

今朝の朝日新聞。「家のあちこちに本が散らばって…良い整理方法はないものでしょうか」という主婦の投稿に、岡崎武志さんが、「どうしても」という本をしゃれた本棚に納め、「あとは目をつぶって売る」と答えておられました。

家庭欄への寄稿であることを充分計算に入れての文章でしょうが、その処分の一方法として、「一人古本市」を提案されていたのは、ご愛嬌でした。

一頁を使った特集の中、「手放すときは」という章で、古本を使った寄付を、囲みの中に受付先まで書いて紹介していたのが、古本屋の心をいささか波立たせました。

同じ章の中に、定年後、妻に言われて「壁一面の書架二つに加え、いくつかの棚を埋める本」を整理しようとしたが、古書店にはほとんど引き取ってもらえず、中国に本を送っている協会に寄贈したという人の話も紹介されています。

いかにもありがちな話で、確かに小店でも、拝見に伺って、ご辞退してきた例も過去にないわけではありません。

しかし、まずはプロに見せていただくというのは、ありがたいことだと思っております。こういう場合に、寄付とか寄贈とかいう方法をご紹介するというのは、良い手かも知れません。

一方、古書組合自体で、それに類した活動ができないのか、という意見は、内部からも外部からも時おり聞かれます。

交換会を持つ組合が、一般の方から直接本を受け入れる窓口を持てば、本を集める上において、かなり強力な手段となることでしょう。

しかし組合員のなかには、お客様からの買取が業務の中心という同業もおります。彼らの営業を脅かすような仕組みを作るわけにはまいりません。
RIMG1588
そうした買取専業者に限らず、普通の古書店にしても、買い入れるチャンスと、販売するチャンス、その二つがあることによって営業が成り立っているのです。

ただそれらが、双方ともに細ってきているのが問題なのですが。

konoinfo at 18:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月27日

宇沢さん

宇沢弘文さんの逝去を、昨日の夕刊で知りました。

お近くにお住まいで、小店が今の場所に移ってからでも、一度か二度、本を持って店に来てくださいました。

手に提げられる程度ですから、一時に10冊前後だったと記憶しています。献呈された本が多かったようです。線引きされている本もありましたが、もちろん買い取り価格については、ご一任いただきました。

そんなわけで、駒場に古本屋があるということは、確かに認識していただいていたようですが、店主を見覚えておられたとは思えません。

RIMG1589こちらからは、特徴のある長い白鬚を駅などでお見かけすれば、すぐにそれと気づきましたが、ついにご挨拶するようなことはありませんでした。

晩年は、あるいはひ孫さんででもあったでしょうか、小さなお子さんを連れて、赤いニット帽をかぶり散歩されていた姿が印象に残っております。

すぐれた学者さんだということは存じておりましたが、経済学というような分野には全く疎いため、その著書も岩波新書の『自動車の社会的費用』を、斜め読みした程度にすぎません。

それもずいぶん昔のことで、といっても出版された1974年よりはずっと後、誰かの文章に必読書として進められていたのが、読むきっかけだったはずです。

あらかたは忘れてしまいましたが、非常に理にかなっていて、なぜ世間にもっとこうした考え方が取り入れられないのかと、不思議に思った覚えがあります。

著名な方が来店されても、むやみに話しかけてはならないというのは常識ですが、本をお持ちいただいたときに、世間話のようなことでもお話出来たらよかったと、今になって少し悔やまれます。

ただ口数少なで、話しかけづらい雰囲気もありました。ご高名に気圧されていただけかもしれませんが。

また一つ、偉大な知能が失われました。

konoinfo at 18:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月26日

持続可能性

「つぶさないで下さいよ」

今日、お客様からそんな声をかけられました。たまにお寄りいただいて、そのたびにおそらくは支援の気持ちを込めて、数冊の本をお買い上げいただいている方のようです。

口に出さずとも、同じようなお気持ちの方は、他にもいらっしゃることでしょう。不安な思いで小店を、というより古本屋という商売をご案じくださっていらっしゃる方々が。

ただ哀しいことのに、そういう方は殆どが店主と同世代か、それよりも上。せいぜいが一回りくらい下まで。

店主とともに顧客層も老いていくのは、個人商店の宿命かもしれません。しかしさらに若い世代に働きかけることをしないと、将来と言わず、明日の飯の食い上げです。

この8月9月、店の売り上げより、ネットの売り上げの方が多い日が何度もありました。と言っても、ネットが売れたのではなく、店が売れなかった結果です。

そして残念ながら小店の場合、現在のネット売上の状況では、とてもネット専業書店としてやっていくことはできません。

RIMG1584もちろんそれを望んでいるのではありません。ただできれば、家賃の心配をしなくてよい程度には、ネット売りを増やしたいものだと思うです。

するとそれがまた、店売りのさらなる不振を招く、いたちごっことなるのでしょうか。

しかしそこまで心配しても仕方ありません。それとは逆に、楽天的ともいえる希望を持つからこそ、「日本の古本屋」のリニューアルにも参加しているわけです。

ネットで経営基盤を安定させ、それぞれがユニークな店づくりに力を入れる。

考えてみれば、そもそも古書組合が「日本の古本屋」を立ち上げたのも、そうした活路を求めてのことだったのでした。

konoinfo at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月25日

一新会大市会

お昼を買いに出るついでに、古書会館に行きました。

RIMG1587というのは、まあ半ば冗談ではありますが、半ば本音のところもあります。

今日は一新会の大市会。最低入札価格は一口一万円から。良い本もたくさん出ている代わりに、懐具合と相談しなければ、迂闊に手を出せないものばかり。

そしてその懐具合は、8月、9月と例年以上の大干ばつを経て、もっか最悪の状態です。

それでも気になって出向いたのは、昨日の午後、ちょっとした打ち合わせがあって会館に出かけ、その昇り降りに階段を使って下見会場を覗いたからでした。

日本書はともかく、洋書の一口ものが何件かあったらしく、会談の壁に沿って大量に積み上げてありました。

さらに地下特選会場には、古い革装の洋書が、一角にひしめいてもいました。

昨日は時間の余裕がなく、それらをさっと眺めるだけで、本のタイトルさえ確かめられなかったのが、やはり心残りとなっていたのです。

もちろん、じっくり見たからと言って、入札しようと思うような本が、ましてや落札できそうな本があるとは思えなかったのですが、それこそ「女房を質に入れてでも」買いたい本が、万が一にもないとは言い切れません。

そんなわけで、昼食の買い出しにかこつけて、午前中に神保町まで往復したわけでした。

結局、洋書にはほとんど札を入れず終い。洋書日本書一緒の一口ものと思われる、その日本書のほうには何点か札を入れてきましたが、とても歯が立たなかったはずです。

ただいつもながら大市会に行って、多種多様な本を目にすると、自身の興味のありかが見えてくる、つまり自分がどんな本屋なのかを見つめなおすことになります。

短い時間でも、それだけは収穫でした。

konoinfo at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月24日

カード使えますか?

前に書いたと思いますが、もうふた月ほど前から、小店では店頭購入に際しても、クレジットカードが使えるようになっております。

ひとつは無料端末が設置されて、その代り割高な手数料を支払う、某社のクレジットシステム。もう一つは、それに比べて手数料が安く、入金も早い楽天スマートペイ。その二手段で。

ただし、後者の場合は、店主のスマホと接続するようになっておりますから、店主が店に居る時でないと使えません。

どちらであろうと、お客様にとっては関係のないことです。手数料を支払うのは小店ですから。

それが当たり前だと思っておりましたら、昨日も書きました通り、世の中にはクレジット決済の場合、手数料を上乗せして頂戴する店があるのですね。

しかし今日はその話ではありません。せっかくクレジットシステムを導入したのにもかかわらず、今日までまだ一件も、その利用がないということを申し上げたかった。

そもそも、カードを使うような金額の本が売れない。ここに一番の問題があるのですが。

昨日、少年が100円の文庫を持って帳場まで来ると、「お財布忘れたんですが、カードは使えませんか?」と店番をしていた家人に訊きました。

RIMG1556家人は即座に「使えないんです」と答えました。一瞬「おや?」と思ったのですが、これは家人が正解。カードはカードでも、おそらくスイカとかパスモといった、ペイメントカードのことだったのでしょう。

結局少年は、本を置いたまま帰っていきました。

こんな次第ですから、楽天からはたびたびメールやら、ハガキが届きます。導入後、使用された形跡がないので、もしや使い方が分からないか、何か不具合でもあるのではないかという問い合わせです。

ご親切なことですが、ちょっと鬱陶しい。

konoinfo at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月23日

ガラパゴス

RIMG1550『日本の古本屋』では、昨年末からクレジット決済が標準システムとして、サイトに装備されています。

などと、いまさら誇らしげに申し上げるようなことではないのですが、現在ではどこのお店の本も、原則としてクレジットカードで購入できるようになっています。

それまでも、クレジット決済システムは装備されていたのですが、これを利用するかどうかは、各店の判断に任されておりました。

それを、全店受入必須としたのは、前期事業部長の決断です。サイトの長期的な戦略において、どこかでクレジット決済の標準化に、踏み切っておく必要があると考えたようです。

「やりたいようにやる」ことに存在意義を感じている自営業者の多い業界で、これをまとめるのは簡単ではありませんでした。

少数とはいえ根強い反対を説得しつつ、一定の妥協もしながら、どうにか実施にこじつけたことは、評価してよいと思います。店主の個人的な賛否は別として。

おかげで、利用者は本を購入するにあたり、クレジット決済を前提として検索することに問題がなくなりました。見つかった本が、クレジット購入可能かどうかを、いちいち確認する必要がなくなったのです。

業者側には、不満も残りました。一番多いのは決済手数料がやや高いことへの不満。つぎに入金期日が遅いことへの不満。しかし、いろいろあっても、決まったこととして受け入れて、その条件下で各自が対応方法を考えています。

ところが最近、その独自対応でトラブルが発生しました。某店では、従来から自店のクレジット決済においては手数料を決済金額に上乗せしており、それをあきらめる気にはならなかったようです。

お客様に自店クレジット利用と手数料の上乗せを要請したところ、お客様はそれを不服とされ、管理チームに連絡が入りました。

そこで管理チームから善処を求めたところ、某店は販売を拒否するという態度を表明し、従うべきルールそのものへの異議を唱え始めたのです。

さてこの結末やいかに。

konoinfo at 18:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月22日

念願かなって

Monty Python を見逃したという、店主の嘆きを聞きつけて、洋書会の同僚であるUさんが、「実は録画しました」と、DVDにダビングしてご恵贈くださいました。

ストーンズフリークのUさんがこれを録画したのは、ミックが登場する番組宣伝を見たからのようです。実際、番組の始まりに数分間、パイソン流のナンセンス・スケッチを演じておりました。

然り。金曜日に古書会館まで持ってきていただいたDVDを、早速土曜日と日曜日、二夜をかけて見たのです。放送も、前篇、後篇、二日に分かれておりましたし。

鮮明な映像に、時の流れを感じました。店主の記憶のなかでは、今一つ映りの悪い画面を見ていた記憶が強いからです。

もっとも、その記憶がいかにあてにならないかは、Wikipedia などで情報を追っているうち、改めて明らかになりました。

そもそもは、パイソン世代代表としてNHK版に登場する4人の、その年齢に疑問を感じたのがきっかけです。調べてみると店主より6〜18歳若い。

そこで今度は、日本でモンティ・パイソンが放送されたのは何時であったかを調べると、1976年4月からだとあります。

番組の制作は1969年に始まったと言います。そんな知識は持っていなかったはずの店主ですが、漠然とその頃に、つまり学生時代にこれを見ていたような気がしておりました。

実際は、勤めを辞め、東京に来たばかりの、浪人時代のことになります。それでもテレビの映りは、今に比べてはるかに悪かったことは確かですが。

RIMG1574見終えて、やはり彼らのルーツは60年代なのだろうと思えてきました。記憶違いも、そのせいだったのではなかったかと。

それにしても持つべきものは仲間です。Uさんに感謝。

konoinfo at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月21日

写真に惹かれる

marcribouその表紙に興味を惹かれました。

本としては、すでに役目が終わっているものでしょう。日本の経済社会を論じたもののようです。

もしやと調べてみたら、やはり翻訳が出ておりました。ダニエル・アベル『ニッポンの総合商社 : 外人がみた怪物企業』(サイマル出版会、1975年)。

例の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』に先立つこと4年。黄金期を迎えようとする日本経済の主役としての、総合商社を分析したものらしい。今日となっては、すでに歴史的な研究対象といえるかもしれません。

しかし店主が興味を惹かれたのは、この本の内容ではなく、表紙の写真です。それも初めは、どこだろう?いつ頃だろう?という、もっぱら即物的な興味でした。

しばらく見ているうちに、ようやく浅草ではないだろうかと気付きました。つまり、それほど店主は浅草に疎いのです。おそらく、見る人が見れば直ちに、これが浅草六区だと分かったことでしょう。

では、いつ頃の写真でしょうか。この点は、懸垂幕や看板に見られる、映画のタイトルをネットで検索して調べました。

その結果、1957年より前でないことは分かりました。おそらくは、その一、二年後ではないでしょうか。

それにしても見れば見るほど、確かにあった過去の日々が、彷彿として甦るような写真です。その地を訪れたこともないのに、初夏らしい気候や、道路を歩く足裏の感触まで、感じられるよう。

頁をあちこち開いて探しても、写真のクレジットはなかなか見つかりませんでしたが、ようやく裏表紙の右下隅に、ごく小さな文字で Photo Marc Riboud - MAGNUM. とだけ表記してあるのを見つけました。

マグナムのマルク・リブーの作品。ただのスナップとは、やはり違うものですね。

konoinfo at 18:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
Profile