2015年04月

2015年04月30日

20年前の体力

週の半ばにポツンと祝日があるというのは、年に何度もなくなってしまいましたので、たまにそんな休日があると、今日が何曜日だか分からなくなるような、妙な感覚です。

昨日店を閉めている時も「あ、そうか。もう閉店ですね」と、残念そうにお帰りになったお客様がおられました。土曜、日曜だけでなく、祝日も午後6時閉店であることはご存じのはずなのに、つい平日のよう気になって、足が向いてしまわれたのでしょう。

小店も、別に律儀に早じまいする必要もないのですが、閉店時間くらい決めた通りにしておかないと、いよいよ際限なく店を開けているようになってしまいます。朝も、もう少しゆっくり開けようと、一度は思い定めた筈ですが、何となくなし崩しで、依然として午前9時ころには開けておりますから。

そんなわけで、今日も木曜日だというのに、月曜日のような気分がしたり、店を開けても人の少なさに、今度は日曜日のような感じがしてきたりと、まるで頭が誤作動を起こしているようです。店のコンピュータ以上に、店主の頭脳は末期的かもしれません。

RIMG0147昨日ご紹介した『東大駒場学派物語』は、いろいろなことを思い出させてくれる本でもありました。たとえば森安達也先生のこと。今でも何かの拍子に、見返しの隅に鉛筆で「森安」と書かれた本が、店の片づけをしていて見つかることがあります。

エレベーターのない古い研究棟の4階から、せっせと縛って運び降ろした記憶がありますが、それは先生が亡くなられた後、研究室に残された蔵書でした。この本に記述されているところによると、94年の8月に52歳で亡くなられたということですから、その年の内のことだったのでしょうか。

そんなに若くして亡くなられたのだということは、本書を読むまで知りませんでした。すでにスラヴ学の泰斗であったような印象がありましたから。

一方で、20年前の店主には、50本ほども縛った本を、一人で4階から降ろして車に積み、店まで運ぶ体力が確かにあったのだということも、今や懐かしい思い出です。流石に草臥れたという覚えはありますが。

今なら、どうするでしょうか。

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2015年04月29日

『東大駒場学派物語』

イメージ (18)店主にとっては実におもしろい本でした。もう6年も前に出ていたのに、今度読むまで知らなかったなどというと、著者からお叱りを受けそうですが。

著者の小谷野さんとは、面識はありません。しかし本書を読むと小店が開業した4年目あたりから、院生として駒場に通われていたわけですから、小店にも何度かお寄りいただいているはずです。本屋のオヤジと親しく話すようなタイプとは思われませんので、店主の乏しい記憶に残ることもなかったのでしょう。

何がおもしろかったかといって、これほど知ったお名前が登場する本も他にないからです。そのなかには、単に名前を存じ上げているというばかりでなく、今でも時にはお目にかかり、あるいはお便りを交わしたりする方々もおられます。

そんな駒場の「比較文学比較文化研究室」の歴史を、もっぱら人物中心に綴ったもので、店主などから見るといささか露悪的にさえ感じますが、しかし、だからこそおもしろいのであることは否定できません。

たとえば「手の切れるような美人だよ」という妙な言葉が紹介されています。これは「比較四天王」の一人である御大が、ある大学からの人材要請に対し、斡旋の言葉として述べたものだそうですが、そんな一言から、御大の人物像や、当時の研究室の雰囲気が伝わってくるようです。

ちなみに、その「美人」は店主も良く存じ上げている方で、一時期は研究資料を集めるお手伝いなどもいたしました。ご当人がこれを読まれたら、さぞ苦笑されることでしょう。

また、本書は殆どが実名で書かれていますが、中には例外的に仮名やイニシャルによるものがあります。そのほとんど唯一のイニシャル人物について、それを目にした途端、誰であるかが分かりました。そうした理由は、おそらく現在の不遇を察してのことだと思われます。

著者はそもそも自分の「不遇」を、半ば売りにしている人ですが、それだけに、著者のその人物への眼差しが、決して冷たいものでないことに、救われる思いがいたしました。

それにしても、店主にとっては確かに面白い本でしたが、他に一体、どれほどの読者が、この特殊な本に興味を持つでしょうか。

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2015年04月28日

除籍資料

今年に入って早い時期に、ある大学の法学部・経済学部図書館からお問い合わせをいただきました。

「近い将来、資産登録してある所蔵資料の一部を除籍する計画で、資料の古書店への売却について調査しています。除籍対象資料は約8,000冊弱となる見込みです」というのが前置きです。

次いで質問としてゝ書店では、除籍資料取扱いの実績があるか蔵書印、ラベル等の装備を図書館側で処理しておく必要があるか8,000冊について、1冊ごとに買取り価格を提示していただくことは可能かぢ仂飮駑船螢好箸魄覆辰董買取りの見積り金額を提示していただくことも可能かズ包や運搬に係る費用もご提示いただけるか、とありました。

大略次のように回答しておきました。〃亳海△雖必ずしも剥がしておく必要はないが、除籍印、除籍証明の貼付は必要1円、0円評価が並ぶ可能性もありい任れば下見をさせていただきたいチ姐爐貌韻検

RIMG0143最近になって、再びメールが届きました。それによると、リストだけで何とか見積は出ないかというご要望です。「本体買取額、梱包・運搬費等の諸経費の概算で構いません。本体については、0円、1円評価でも全く差し支えありません。本体買取額、その他諸経費の項目ごとに見積り額をご提示いただけると助かります」と。

見積が出せるかどうか、ともかくリストを見なければ始まりませんので、とりあえずお送りいただくようお願いいたしますと、折り返すように翌日、Exelファイルで7000冊余りのリストが送られてまいりました。

拝見してまず予想外であったのは、和書は900冊強で、残りがすべて洋書であったことです。学部図書館における和書・洋書の架蔵比率はどれくらいのものか存じませんが、1対6というようなことは、あまり想像できません。要するに洋書の除籍率が極めて高いということなのでしょう。

さて和書ならともかく、洋書では専門外の本についての評価は難しいので、今日の洋書会で何人かの同業に目を通してもらいました。結果は、和書のリストからも想像がつきましたが、除籍本でも評価がつくという書籍は、ほとんど見当たらなかったようです。

「すべてが0円でも梱包・運搬費を当方が負担し、お引取り下さるのであれば、それも一案」とまでおっしゃっていただいていますが、市場で仕分け、出品するためのコストまで考えると、お断りするしかないかと考えているところです。

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2015年04月27日

馬鹿にしている

あるお客様から、領収書を求められました。「領収書ですね」と復唱して、引き出しを開けようとしたところ、ふとレジに気がつかれ、「こっちから出るなら、その方がいい」とおっしゃいます。

「レシートでよろしいんですか?」と念を押しますと、「最近は、その方が良いと事務方に言われるんです」。早速レジを打って、吐き出されたレシートをちぎってお渡しいたしました。店名こそ印字されていますが、金額だけの至ってシンプルなものです。

RIMG0138「これで十分です。これにハンコでも押していただければ申し分ないのですが」。お安いご用ですので、ふだん領収書に押しているのと同じ印を、レシートに押しました。

それにしても、レシートではダメだから手書きの領収書が欲しいとおっしゃる方は、しばしばお出でですが、手書きよりレシートの方が良いと言われたのは初めてです。

なんでも、手書きだと適当な数字を書かれても分からない、つまり信憑性に欠けるということだそうです。レシートなら、その金額は間違いなく支払ったという証拠になる――。

人を馬鹿にしたような話ですが、もちろんおっしゃっているご当人には責任はありません。むしろ、我々小売業者ともども、一緒に馬鹿にされている当事者であるわけです。

では誰が、馬鹿にしているのでしょうか。この方が、どこから費用を出してもらおうとしているのかは存じませんが、最近の校費に対する、後追い調査のうるさいことは、同業の間でもしばしば話題になっています。

小店でも、つい先ごろある学校から、過去数年にさかのぼっての「納品状況」に関する「情報提供」を求められました。納品台帳を調べたところ、この二年の間には当該校への納品が認められなかったので、放っておきました。

すると、先日になって、再度封書が届き、平成24年9月に納めた書籍2340円について、その「取引に係わる売上帳(商品の納品状況を管理している証憑等、納品書の控えでも可)」の提出を「お願い」してきました。出せない場合は、同封の理由書にその旨を記して出せとの「お願い」です。

調べると確かにその取引はありました。納品台帳をそのままプリントアウトし、返信用の封筒も切手も同封されていませんでしたので、自店の封筒に入れ、80円切手を貼って投函しました。学校もまた、命じられてしていることではありましょうが。

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2015年04月26日

リテラシー

東京古書組合の機関誌『古書月報』は、現在は隔月に定期刊行されていて、最新の4月号には第469号という号数が表記されています。

組合発足当初の大正末期に、チラシを折り重ねたような形で始まって、やがて冊子となり、時に諸事情により刊行の間隔が変わったりしながら、90年を超える組合の歴史を記録してきました。

店主も20年ほど前の2年間、12号にわたってその編集に関わりましたから、最近の月報にも、それなりの関心を持って目を通しております。

その最新号を読んで、近年抱いていた思いが一層強くなりました。それは、組合員の文章力が、全体に上がってきているのではないかということです。

申すまでもなく、昔から上手な書き手はおられました。しかし、そうではない方との落差が、以前は目立った気がします。それに比べて現在は、どの寄稿者も、達意とまではいかなくとも、破たんのない文章を書かれます。

しかし考えてみれば、これは古本屋に限った話ではなさそうです。おそらくは、ワープロの進歩によって、書くことが随分楽になったことと無関係ではないでしょう。本人が推敲することも、別の手で直すことも、簡単になった結果かも知れません。

店主自身、由良先生の退官に当たって記念文集を出すという時に、先生自らご来店いただいて、稿を寄せるようご下命を受けたのですが、その折のお言葉が「ワープロを使えば簡単に書けますよ」であったことを思い出しました。

今調べてみると1989年のことです。以来、今日まで、手書きで文章を綴ることは殆どなくなりました。しかし店主の場合に限って言えば、前言を翻すことになるようですが、どんどん文章が下手になっているような気がしてなりません。

RIMG0142もちろん、昔はもっと良い文章を書いたなどというのは、単なる幻想で、時おり古い自分の文章を目にすると、ほとんど意味不明のことが書き連ねてあるのに、ほとほと嫌気がさすばかりなのですが。

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2015年04月25日

検索の技術

RIMG0133「『日本の古本屋』で検索したところ、こちらに『18世紀ドイツ思想史』という本があるというので来たのですが」

突然のご来店ではありますが、幸い店主一人ではなく、店の者もおりましたので、お探しするのに不自由はありません。まず在庫場所を確認しようと、データベースを検索いたしました。

数字の18は表記の方法が幾通りかありますから、「世紀ドイツ思想史」として検索いたしました。しかし何も現れません。ドイツを独逸にしても同じこと。それではと「日本の古本屋」で検索してみました。

すると『十九世紀独逸思想史』なる本が数件現れましたが、小店の在庫品ではありません。お客様に確かめても、もちろんそれはお探しの本ではない。

次に「世紀」も除いて検索すると、『近代独逸思想史』『独逸思想史研究』が、これに加わりました。再度お客様にお尋ねするとドイツはカタカナであったとおっしゃいます。ところが「日本の古本屋」には、「ドイツ思想史」を書名に含む本は、1冊も登録されていません。

しかし、そのように申し上げても、なかなかご納得いただけません。「今さっき検索していて、河野書店にあると分かったので、すぐ近くだから、ともかく見せてもらおうと思って」おいでになったというお話です。

そこで、今度はCiNiiのデータベースでも検索してみましたが、「ドイツ思想史」なる文字列を含む書籍は、やはり1件もヒットいたしません。「ご記憶違いでは」と申し上げたところ、それでは「ドイツ思想」で調べてみて欲しいと言われました。

それに従った結果、ようやく目指す本にたどり着きました。『十八世紀ドイツ思想と「秘儀結社」』(田村一郎、多賀出版、1994)です。在庫場所に無事見つかり、ご覧に入れると、お買い上げくださいました。

工夫して検索したつもりでしたが、「思想史」というのは一番のキーワードに思えましたので、これを「思想」に縮めることは、すぐには思いつかず、回り道をしてしまいました。検索エンジンがどれほど進化しても、検索技術が不要になることはなさそうです。

なお今回の検索で、新「日本の古本屋」では「独逸」と「ドイツ」が未だマッピングされていないことに気づきました。洋数字と漢数字もマッピングされていませんが、これは現時点ではやむを得ないことのようです。

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2015年04月24日

『新宿泥棒日記』

久しぶりに明古会員の役割が果たせたような気がします。とはいっても、小一時間ほど、札改めの手伝いをしたくらいのことですが。何しろ先週、先々週と二週続けてTKIの会議が金曜日にずれたため、ほとんど市場に居ることができませんでしたから。

「札改め」というのは、経営員が開札をして落札者および落札金額を記入した封筒を、間違いがないかどうかもう一度点検する作業です。その検査を経て封筒が発声係に回され、それが読み上げられた時点で、所有権が荷主から買主に移るとされています。

ちなみに、この発声の時点で、時おりクレームが入ることがあります。自分の方がもっと高い札を入れたはずだとか、あるいは、そんな商品に入札した覚えはないとか。

前者に対しては、再度封筒に入っていた札を確認することになります。そこで、仮に申し出どおり、高札が見つかったりすると、それは会としての失態となるわけですから、座りながら、時に冗談も交わしながらの軽作業ではあっても、欠かすことのできない重要な作業なのです。

しかしもっと肝心な会員の務めである、売り買いという面では、今日もほとんど貢献できずじまいでした。店主のようなものは、昔なら会員失格の烙印を押されるところですが、成り手が不足している折でもあり、温情を持って会に留め置いていただいているような次第です。

RIMG0117今日は4月の最終金曜日ですから、入札品の開札、発声がすべて終了した後、50点ほどの商品がフリにかけられました。いつもながら店主にとっては、数十分の面白い出し物を見せていただくようなものです。

最後に振られたのは貸本漫画5冊。あれよあれよという間に競り上がり、今日一番の高値となったのには、さすがに居合わせた同業たちも、一様に驚いた様子でした。

店主の興味を惹いたのは、『新宿泥棒日記』の映画ポスター。右下に若き日の横尾忠則の顔写真。中ほどには田辺茂一の顔も見えます。全体は懐かしい横尾調。横尾に対して左下に若い女性の写真があります。主役の一人であったこの女性の名前が、すぐに思い出せませんでした。

後で調べて横山リエと分かり、この映画の公開が1969年であったとも知りました。店主はこの映画を、同志社大学学生会館での自主上映会で、その年か翌年かに見ています。いくつかの印象的な映画の場面と、学生会館の景色が、ないまぜになって甦ってきました。

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2015年04月23日

転ばぬ先の

前兆のようなものでも有ればともかく、今度のプリンター故障は、まったく突然なことでした。

確かに買った当初から、なんとなく外れかなと思う部分はありました。数ヶ月に一度くらいの頻度で、パソコンとの通信が切れて、フリーズしてしまうのです。どのボタンを押しても、何の反応もなく、電源を切ることもできません。

初めての時は、お客様センターに電話をして、対策を聞きました。返ってきた答えは、コンセントを抜いて、数分待って差し込んで見てくれというものでした。

そのとおりすると、電源が入ってエラーメッセージも出て、それに従って操作をするとエラーレポートを吐き出した後、再び動き始めました。一度そんなことがあると、二度目からは慣れたもので、フリーズするたびにコンセントを抜き、また差してを繰り返して、一昨日まで来たのです。

一昨日も、最初はそれかと思いました。しかし今度は今までと違い、電源が切れています。いつもの作業を繰り返しても、電源が入る気配はなく、お伝えした通り、ついに新しい機種に買い替えざるを得なくなったという次第です。

RIMG0134それで気が付いたのは、複合機というのは、一旦壊れると非常に割高なものになるという、当たり前の事実です。プリンター、コピー、スキャナーそれにファックス。それが全部、一時に壊れたと同じことになるわけですから。

同タイプの機種を尋ねた時、ファックス付きは一種だけだと教えられました。この際、ファックス無しを買おうと、注文までしたのですが、新たにファックスを置く場所がないことに思い至り、すぐにキャンセルして、結局同じ機能のものを頼みなおしました。

届いた新型機は、確かに多くの点でほぼ似通っていて、そのまま使い続けるのに楽ではありましたが、幾つか便利な機能が無くなっていて、改良機ではなく、改悪機ではないかと思ったほどです。それもこれも、故障して慌てて買いかえるという泥縄式がもたらした結果ですから、甘んじて対処するしかありません。予測のしようもないことではありましたが。

一方、ほぼ予測のできる事態も控えています。メインに使っているデスクトップが、最近とみに寝起きが悪いのです。実際そのせいで、今回のプリンターのインストールにも、さんざん手間取ってしまいました。いざ壊れてからでは、面倒も大きい。早めの手当てが必要だと、重々承知はしておりますが。

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2015年04月22日

バッハ関係書

月に何度かご来店いただくお客様が、某音楽出版社にお勤めであることを存じておりましたので、先日お越しになった折に、「どこか、バッハの本を買ってくれるところはないものでしょうか」と、軽い気持ちでご相談いたしました。

RIMG0132以前、市場で仕入れた、小林義武先生旧蔵のバッハ関係書が、まだ殆ど整理がつかず店内に積んであります。早く片付けなければという、焦りに似た気持ちが、そんな言葉となって出てしまったようです。

何かを期待していたわけではありません。しかし、「バッハというと、数年前にも世界的な研究者がお亡くなりになったりして…」というお答えに、「多分、その方の蔵書だと思います」と申し上げたところ、強い印象を持たれた様子でした。

昨日の朝、ある音楽大学図書館の方だと名乗って、「そちらに小林先生の蔵書があるということですが」という電話がありあました。早速機会を捉えて、お話しくださったことが分かりました。

しかし応対しているうちに、改めて思ったのは、今回手に入れた本は、しっかりした研究書の類が多く、いまさら専門図書館が必要とされるような、珍しいものはなさそうだということです。そこで、その旨をお伝えした上で、後日リストだけはお送りする約束をいたしました。

確かに、今つらつら思い返してみても、大量の蔵書の殆どは、我々が言うところの「白っぽい」ものばかりで、いくらかでも黒っぽかったのは、楽譜(ただし復刻版)くらいのものでした。その楽譜については、うっかり入札し損ねて悔しい思いをしたと、前にも書いた通りです。

それでも、その楽譜を除けば、店主が手に入れたバッハ関係が、あの日市場に持ち込まれたご蔵書の中では、もっとも主要な部分だったと思います。仕分に当たった店主にも、それくらいの見当は付きました。

ということは、図書館が欲しがるような貴重書籍は、先生が亡くなられた後、どこかに収められたのかもしれません。それは有りがちな話です。先生ほどの方が、そういう類の書籍をまるでお持ちでなかったとは、考え難いことですから。

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2015年04月21日

3年もたない

プリンターがダウンしました。

朝、まず注文品の納品書類などを作り、さて郵送用のラベルを印刷しようとすると、突然電源が切れてしまったのです。コンセントを抜いて、しばらく待ってまた差し込んでと、マニュアルにあるようなことは一通りやってみました。しかしそれっきり、どうやっても電源が入りません。

調べてみると、現機種の購入は2012年9月のことでした。マニュアルによれば「故障の可能性が高い」ことになりますが、過去の経験からすると、それは「もう買い換えなさい」と言うことと同義です。毎日よく働いてくれてはいたのですが、それにしても少し短すぎるのではないでしょうか。

一応、念のために「お客様センター」に電話してみました。もしや万一、簡単な解決方法があるかもしれないと、一縷の望みを抱いたからです。

すぐにつながったのですが、それから「担当者」が電話口に出るまで、延々待たされました。何度か自動音声で「おかけなおし」を勧められましたが、同じことの繰返しになるのは目に見えていますから、ひたすら待ちました。

待望の担当者さんは、自動音声以上に機械的な話ぶりで、マニュアルを読めばわかるような話しかしてくれません。こちらの話すことが、頭の中で分類されて、対応する回答文例を探し出し、口から出力しているかのようです。

結局、予想した通り、単なる時間の無駄に終わりましたが、とはいえ、電話口に出られた担当者さんには何の恨みもありません。むしろ大変な仕事だと、同情するばかりです。

せっかく電話したのですから、こちらも調べれば分かることながら、同型同機能の後継機を教えてもらいました。次いで、今のインクが使えるかどうかも尋ねると、あっさり「申し訳ありません」と否定されました。

RIMG0119それにしても、今回も、先日入れ替えたばかりのインクが、すべて無駄になってしまうことが何より口惜しい。どなたかcannon のインク BCI-325PGBK をお使いの方がいらしたら、未使用1本、お譲りいたしますのでお知らせください。

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