2015年10月
2015年10月21日
購買力
ちょっと前の新聞で、純金のバルタン星人が1080万円で売り出される、という記事を見ました。見出しを眺めただけですが、ハタと気づかされるものがありました。
つまり、現在お金を持っているのは、その世代の人たちだということです。
その世代と言っても、店主はそれについて詳しくありませんので、ネットで調べてみますと、バルタン星人の歴史は、ほぼウルトラマン・シリーズの歴史と重なるらしい。早くも第2作にはTV初登場を果たしていて、1966年のことだといいます。
そこでウルトラマン世代といものがあるのか、さらに検索してみますと、それは昭和30年代生まれである、という説が見つかりました。しかし現在に至るまで、その派生シリーズが継続しているそうですので、世代を超えたものであるともいえそうです。
そのことで一層ハッキリしてくるのは、ウルトラマン以前の世代には、もはや大した購買力を期待していないということでしょう。
古書の世界を振り返っても、サブカルと呼ばれるジャンルのコレクターズアイテムは、確かに店主たちの世代より下の世代が求めるものでなければ、市場性はありません。
先日、古いブロマイドを多数、市場に出品したことがあります。特に多かったのは春日野八千代がアルバムにして2冊、水谷八重子が数十枚、ほとんどにサインが入っています。他の役者のサイン入り写真もありましたが、いずれも同時代。
どちらも宝塚、新派といった所属を超えて、一時代を築いた大スターですが、今では知る人も少ないかもしれません。懇意の専門業者に、札を入れておいてくれるよう声をかけたところ、義理堅く落札してくれました。
二人の名を、良く知っているような世代に買ってもらうことは期待薄です。無理に押しつけたようで気が引けますが、専門家ですから、どうにか売り捌いてくれるでしょう。
つまり、現在お金を持っているのは、その世代の人たちだということです。
その世代と言っても、店主はそれについて詳しくありませんので、ネットで調べてみますと、バルタン星人の歴史は、ほぼウルトラマン・シリーズの歴史と重なるらしい。早くも第2作にはTV初登場を果たしていて、1966年のことだといいます。
そこでウルトラマン世代といものがあるのか、さらに検索してみますと、それは昭和30年代生まれである、という説が見つかりました。しかし現在に至るまで、その派生シリーズが継続しているそうですので、世代を超えたものであるともいえそうです。
そのことで一層ハッキリしてくるのは、ウルトラマン以前の世代には、もはや大した購買力を期待していないということでしょう。
古書の世界を振り返っても、サブカルと呼ばれるジャンルのコレクターズアイテムは、確かに店主たちの世代より下の世代が求めるものでなければ、市場性はありません。
先日、古いブロマイドを多数、市場に出品したことがあります。特に多かったのは春日野八千代がアルバムにして2冊、水谷八重子が数十枚、ほとんどにサインが入っています。他の役者のサイン入り写真もありましたが、いずれも同時代。
どちらも宝塚、新派といった所属を超えて、一時代を築いた大スターですが、今では知る人も少ないかもしれません。懇意の専門業者に、札を入れておいてくれるよう声をかけたところ、義理堅く落札してくれました。
二人の名を、良く知っているような世代に買ってもらうことは期待薄です。無理に押しつけたようで気が引けますが、専門家ですから、どうにか売り捌いてくれるでしょう。
2015年10月20日
古本屋川柳
「全古書連ニュース」というのは、隔月に発行される全国古書籍商組合連合会の機関紙です。その名の通り、全国の組合加盟店に配布されています。
発行部数は2000部を超えるわけですから、ミニコミ紙として、そこそこの部数だと思います。しかし、編集は東京組合の機関誌部が担当していて、その紙面作りには、昔から苦労しています。
もうひとつ、「古書月報」という、こちらは東京組合員のための機関誌を、やはり隔月で発行していますから、機関誌部というのは、組合理事会の中でも、一番忙しい部だと言えるでしょう。
「ニュース」の苦労は、記事が集まらないことです。放っておくと、各地の役員異動情報が、ポツリポツリと来るくらい。原稿を依頼しようにも、伝手がないと、白羽の矢も立てにくい。
今期の機関誌部は、その点、なかなか意欲的に企画を立てています。「古書店主のための法律相談」と題して、万引き、通販不払い対応など、組合の顧問弁護士さんにお願いしてQ&Aを掲載してみたり。
今般、「古本屋川柳大募集」という企画を立てました。優秀作には景品を出そうというものです。企画そのものには異議のないところでしたが、その選者として、理事長と小店主にお鉢が回ってきました。
応募が締め切られ、二人して作品を選ぶことになり、改めて大変さが分かりました。
どれだけの作品が集まったかを、ここで明らかにするわけには参りません。しかし多くとも少なくとも、選に入る作と、選から洩れる作がある以上、選者の悩みは同じでしょう。
何より理事長にしても店主にしても、自ら川柳を作った経験もない、全くの門外漢。まあそれだから許されるご愛嬌、ということなのでしょうか。ともかく10作を選び、一席、二席を決めました。
優れた作を採ったという自信は、さらさらありません。できる限り多彩に選びたいとは思いましたが、「安い」、「売れない」、「先が暗い」、から無縁な句は、とても少なかったのでした。
発行部数は2000部を超えるわけですから、ミニコミ紙として、そこそこの部数だと思います。しかし、編集は東京組合の機関誌部が担当していて、その紙面作りには、昔から苦労しています。
もうひとつ、「古書月報」という、こちらは東京組合員のための機関誌を、やはり隔月で発行していますから、機関誌部というのは、組合理事会の中でも、一番忙しい部だと言えるでしょう。
「ニュース」の苦労は、記事が集まらないことです。放っておくと、各地の役員異動情報が、ポツリポツリと来るくらい。原稿を依頼しようにも、伝手がないと、白羽の矢も立てにくい。
今期の機関誌部は、その点、なかなか意欲的に企画を立てています。「古書店主のための法律相談」と題して、万引き、通販不払い対応など、組合の顧問弁護士さんにお願いしてQ&Aを掲載してみたり。
今般、「古本屋川柳大募集」という企画を立てました。優秀作には景品を出そうというものです。企画そのものには異議のないところでしたが、その選者として、理事長と小店主にお鉢が回ってきました。
応募が締め切られ、二人して作品を選ぶことになり、改めて大変さが分かりました。
どれだけの作品が集まったかを、ここで明らかにするわけには参りません。しかし多くとも少なくとも、選に入る作と、選から洩れる作がある以上、選者の悩みは同じでしょう。
何より理事長にしても店主にしても、自ら川柳を作った経験もない、全くの門外漢。まあそれだから許されるご愛嬌、ということなのでしょうか。ともかく10作を選び、一席、二席を決めました。
優れた作を採ったという自信は、さらさらありません。できる限り多彩に選びたいとは思いましたが、「安い」、「売れない」、「先が暗い」、から無縁な句は、とても少なかったのでした。
2015年10月19日
記憶に残る会議
昨日は全古書連秋季理事会で、信州は上田、別所温泉へ行ってまいりました。
まったく知らなかったのですが、来年の大河ドラマが真田幸村を主人公とする「真田丸」とかで、ご当地は大変気合が入っているようです。別所温泉も、舞台にならないはずはないと。
この地は初めてではありません。指折り数えると9年前、やはり同じく秋季理事会で、ここを訪れました。今回、東京から出かけた総勢14名の内に、その時のメンバーが店主も入れて4人いるのですが、それぞれ当時の記憶があいまい。
甚だしいのは、前回は新幹線ではなく在来線で来たと、言い出す始末。さすがに店主でも、そこは記憶しておりましたので、しっかり訂正いたしましたが、といってそれ以外、大して覚えているわけではありません。
いずれにせよ、今回も和風の老舗旅館。お風呂は前回宿泊の旅館より小振りでしたが、お湯の良さは当然のこと変わらず、特に大浴場の熱さは草津と比べても遜色ないものでした。
一館を借り切ったため、心置きなく会議後の宴会を楽しむことができましたが、その見返りとして、会議場が取れず、旅館のロビーに当たる広間へ、寺子屋塾のように机を並べ、座布団敷きで会議をするという、前代未聞の形になりました。
50名ほどの人数で借り切るのですから、大きな旅館であるはずはなく、広い会議室もないというわけです。
役員のために6席だけ椅子が用意されていて、店主もそこに座ることになったのですが、テーブルが低いためと、畳に座る参加者に遠慮して、つい前かがみとなり、足は楽な代わりに腰が辛くなりました。
おかげで会議の方は、いつにも増して手際よく進み、途中休憩のお茶の時間も、あわや要らなくなるところ。幹事側は気を揉んだようです。
しかし、このユニークな会議場によって、今秋季理事会は、長く出席者の記憶に残るものとなることでしょう。
まったく知らなかったのですが、来年の大河ドラマが真田幸村を主人公とする「真田丸」とかで、ご当地は大変気合が入っているようです。別所温泉も、舞台にならないはずはないと。
この地は初めてではありません。指折り数えると9年前、やはり同じく秋季理事会で、ここを訪れました。今回、東京から出かけた総勢14名の内に、その時のメンバーが店主も入れて4人いるのですが、それぞれ当時の記憶があいまい。
甚だしいのは、前回は新幹線ではなく在来線で来たと、言い出す始末。さすがに店主でも、そこは記憶しておりましたので、しっかり訂正いたしましたが、といってそれ以外、大して覚えているわけではありません。
いずれにせよ、今回も和風の老舗旅館。お風呂は前回宿泊の旅館より小振りでしたが、お湯の良さは当然のこと変わらず、特に大浴場の熱さは草津と比べても遜色ないものでした。
一館を借り切ったため、心置きなく会議後の宴会を楽しむことができましたが、その見返りとして、会議場が取れず、旅館のロビーに当たる広間へ、寺子屋塾のように机を並べ、座布団敷きで会議をするという、前代未聞の形になりました。
50名ほどの人数で借り切るのですから、大きな旅館であるはずはなく、広い会議室もないというわけです。
役員のために6席だけ椅子が用意されていて、店主もそこに座ることになったのですが、テーブルが低いためと、畳に座る参加者に遠慮して、つい前かがみとなり、足は楽な代わりに腰が辛くなりました。
おかげで会議の方は、いつにも増して手際よく進み、途中休憩のお茶の時間も、あわや要らなくなるところ。幹事側は気を揉んだようです。
しかし、このユニークな会議場によって、今秋季理事会は、長く出席者の記憶に残るものとなることでしょう。
2015年10月18日
家人の大ニュース
良い文章を読むと、おいしい食事をしたように幸せな気分になりますが、長田弘さんの文などはまさにそれですね。『自分の時間へ』(講談社1996年)を拾い読みして、改めてそう思いました。
その中に「早稲田通りのこと」という一文があります。「早稲田には図書館が二つある。」という書き出しで、早稲田通りの古書店をスケッチし、古本と出会う歓びを書いておられます。要約するまでもない1000字ほどの短文ですので、まだ読んでいない同業には、ぜひ目を通してもらいたいものです。
一方で、こういった文を読むと、自分が毎日駄文を書き連ねることが、辛く思われてきます。水村さんの『日本語が亡びるとき』には〈読まれるべき言葉〉というキーワードがありましたが、何もそこまでは望みません。少なくとも、下手なカラオケのように響いていないことを願うばかりです。
さて、近ごろ不眠気味の家人が、昨夜は大ニュースに興奮して一晩眠れなかったと、今朝はまともな時間に起きられた店主に告げました。
そのニュースというのは、あまり世間付き合いの広くない家人の、数少ない友人の一人が、プロ作家への登竜門として名を知られた、文学新人賞を受賞したという報せです。いわゆるママ友ですから、もう30年来の付き合いとなる人です。つまり、新人としては、けっこう年季が入っている。
小説を書き始めたのも、子育てを終えてからだと思いますが、以来倦むことなく創作活動を続けておられたようで、どこかの地方文学賞に入選したとか、賞金を獲得したとかという話を、時折聞かされておりました。
そんな噂話程度の情報を、家人から得ていただけですから、ご本人がどこまで真剣に作家を志望されていたのか、今日に至るまで知ることはありませんでしたが、今回、このようなメジャーな賞を取られるに至り、ようやくその本気さを理解した次第です。
創作者とは、すでにあるものに満足しない人でなければならないでしょう。年を降るに従って、読みたい本、聞きたい音楽、見たい映画などが増える一方の、店主などのような凡人には、決してmuseが宿ることなどありえません。
その中に「早稲田通りのこと」という一文があります。「早稲田には図書館が二つある。」という書き出しで、早稲田通りの古書店をスケッチし、古本と出会う歓びを書いておられます。要約するまでもない1000字ほどの短文ですので、まだ読んでいない同業には、ぜひ目を通してもらいたいものです。
一方で、こういった文を読むと、自分が毎日駄文を書き連ねることが、辛く思われてきます。水村さんの『日本語が亡びるとき』には〈読まれるべき言葉〉というキーワードがありましたが、何もそこまでは望みません。少なくとも、下手なカラオケのように響いていないことを願うばかりです。
さて、近ごろ不眠気味の家人が、昨夜は大ニュースに興奮して一晩眠れなかったと、今朝はまともな時間に起きられた店主に告げました。
そのニュースというのは、あまり世間付き合いの広くない家人の、数少ない友人の一人が、プロ作家への登竜門として名を知られた、文学新人賞を受賞したという報せです。いわゆるママ友ですから、もう30年来の付き合いとなる人です。つまり、新人としては、けっこう年季が入っている。
小説を書き始めたのも、子育てを終えてからだと思いますが、以来倦むことなく創作活動を続けておられたようで、どこかの地方文学賞に入選したとか、賞金を獲得したとかという話を、時折聞かされておりました。
そんな噂話程度の情報を、家人から得ていただけですから、ご本人がどこまで真剣に作家を志望されていたのか、今日に至るまで知ることはありませんでしたが、今回、このようなメジャーな賞を取られるに至り、ようやくその本気さを理解した次第です。
創作者とは、すでにあるものに満足しない人でなければならないでしょう。年を降るに従って、読みたい本、聞きたい音楽、見たい映画などが増える一方の、店主などのような凡人には、決してmuseが宿ることなどありえません。
2015年10月17日
朝寝坊
「ここはこちらですよね」と、iPhoneを差し出されるお客様。見れば、そこにはたしかに「日本の古本屋」から「古本屋を探す」で検索していただいたとき現れる、小店の画像。
それが現在では、すっかり緑に覆い尽くされて、肝心の店名が書かれた陶板が、さっぱり見えなくなっておりますので、お客様も不安になられたのかもしれません。
「実は探している本がヒットしたので、伺ったのです」と、おっしゃった時に、すでに不安が萌しましたが、実際にその書名を告げられ、パソコンで検索してみると、案の定、その書籍データの更新履歴が古い。
それでも念のため、記録されている在庫箇所を探しにかかりました。店に居た家人にも手伝ってもらい、散々調べましたが、やはり見つかりません。
結局のところ、ご連絡先を伺って、もし見つかればということでお引取りいただきましたが、あまり可能性は高くないと、あらかじめお詫びを申し上げました。
入荷したのは1年半ほど前のことで、古本屋としては、特に古い在庫ということでもありません。ただその本が、ほとんど記憶に残っておらず、もちろん売れた記憶もありません。ふとしたはずみに、どこかで見つかることを期待するばかりです。
それよりも今朝は、家族揃って大寝坊をしてしまいました。珍しいことです。普段なら、午前6時には誰かしら起き出しているのですが、今日に限って、最初に目覚めた家人の「大変!」が聞こえてきたのは、もう間もなく午前9時になろうという時刻でした。
朝食もそこそこに、店に駆けつけたのは午前9時45分。公式の開店時間、午前10時には辛うじて間に合いましたが、今日は土曜日。いつも午前9時にはご来店になる、常連の外人さんがおられます。
申し訳ないことをしたと思いつつ、店を開け、その日の仕事に取り掛かった午前10時半頃でしたでしょうか、いつものようにお越しくださいました。何とか三文の損をしないで済んだと、胸をなでおろしたのではありましたが。
それが現在では、すっかり緑に覆い尽くされて、肝心の店名が書かれた陶板が、さっぱり見えなくなっておりますので、お客様も不安になられたのかもしれません。
「実は探している本がヒットしたので、伺ったのです」と、おっしゃった時に、すでに不安が萌しましたが、実際にその書名を告げられ、パソコンで検索してみると、案の定、その書籍データの更新履歴が古い。
それでも念のため、記録されている在庫箇所を探しにかかりました。店に居た家人にも手伝ってもらい、散々調べましたが、やはり見つかりません。
結局のところ、ご連絡先を伺って、もし見つかればということでお引取りいただきましたが、あまり可能性は高くないと、あらかじめお詫びを申し上げました。
入荷したのは1年半ほど前のことで、古本屋としては、特に古い在庫ということでもありません。ただその本が、ほとんど記憶に残っておらず、もちろん売れた記憶もありません。ふとしたはずみに、どこかで見つかることを期待するばかりです。
それよりも今朝は、家族揃って大寝坊をしてしまいました。珍しいことです。普段なら、午前6時には誰かしら起き出しているのですが、今日に限って、最初に目覚めた家人の「大変!」が聞こえてきたのは、もう間もなく午前9時になろうという時刻でした。
朝食もそこそこに、店に駆けつけたのは午前9時45分。公式の開店時間、午前10時には辛うじて間に合いましたが、今日は土曜日。いつも午前9時にはご来店になる、常連の外人さんがおられます。
申し訳ないことをしたと思いつつ、店を開け、その日の仕事に取り掛かった午前10時半頃でしたでしょうか、いつものようにお越しくださいました。何とか三文の損をしないで済んだと、胸をなでおろしたのではありましたが。
2015年10月16日
貴重な映像記録
昨日お伝えしたとおり、明治古典会の札改め手伝いが休憩に入った午後3時すぎ、会館2階の情報コーナーで開かれている、所蔵資料展示会を見学してきました。
目録などの冊子類が並べられ、それにパネル展示を加えた、ごく地味な会場で、店主が同僚の一人と見に行った時は、他に見学者もおられず、ひっそりとしておりました。
しかし一台のモニターが置かれていて、そこに映し出されている画像を見たとたん、同僚と思わず声を上げ、しばらくの間、そこから立ち去れなくなったのです。
流れていたのは、昭和41年から42年ころにかけて、旧会館建築の前後、仮、新会場それぞれでの、フリ市の様子。NHKのカメラマンの手によって記録されたものと言います。何に使われたのか、使われなかったのか。残念ながら音声はついていません。
思わず声を上げてしまったのは、画面の中で額に汗を浮かべながら中座(フリ手)を務めていたのが、二人にとって明治古典会の先輩であった、忠敬堂の今井哲夫さん、その若き日の姿だったからです。
亡くなられて4年ほどたつでしょうか。ここではまだ30代、実に若々しい。そしてその市に、買い手として居並ぶ、半世紀近く前の古本屋さんたちの姿!故人となられた方も多いのですが、今も現役の方々もおられます。
顔が映るたびに、これが誰、あれは誰。ついつい声を上げての、名指し合戦となってしまいました。それでも、二人して判ったのは、映し出された本屋さんの3〜4割程度。
あとで展示担当の職員さんから、一枚の手書きリストを見せてもらいました。先に見られた、五十嵐のオヤジさんによるメモだということです。それにはご当人を含め、ほぼ全員、30人以上の名が書き連ねられてありました。
画面に名前を入れ込むことができれば、更に貴重な資料となることでしょうが。
目録などの冊子類が並べられ、それにパネル展示を加えた、ごく地味な会場で、店主が同僚の一人と見に行った時は、他に見学者もおられず、ひっそりとしておりました。
しかし一台のモニターが置かれていて、そこに映し出されている画像を見たとたん、同僚と思わず声を上げ、しばらくの間、そこから立ち去れなくなったのです。
流れていたのは、昭和41年から42年ころにかけて、旧会館建築の前後、仮、新会場それぞれでの、フリ市の様子。NHKのカメラマンの手によって記録されたものと言います。何に使われたのか、使われなかったのか。残念ながら音声はついていません。
思わず声を上げてしまったのは、画面の中で額に汗を浮かべながら中座(フリ手)を務めていたのが、二人にとって明治古典会の先輩であった、忠敬堂の今井哲夫さん、その若き日の姿だったからです。
亡くなられて4年ほどたつでしょうか。ここではまだ30代、実に若々しい。そしてその市に、買い手として居並ぶ、半世紀近く前の古本屋さんたちの姿!故人となられた方も多いのですが、今も現役の方々もおられます。
顔が映るたびに、これが誰、あれは誰。ついつい声を上げての、名指し合戦となってしまいました。それでも、二人して判ったのは、映し出された本屋さんの3〜4割程度。
あとで展示担当の職員さんから、一枚の手書きリストを見せてもらいました。先に見られた、五十嵐のオヤジさんによるメモだということです。それにはご当人を含め、ほぼ全員、30人以上の名が書き連ねられてありました。
画面に名前を入れ込むことができれば、更に貴重な資料となることでしょうが。
2015年10月15日
所蔵資料展
朝から静かな日でしたが、お昼から会館に出かけ、夕方帰ってきても、やはり静か。店に居なかった間はどうかと言えば、行く前から戻るまで、レジのロールが、動いた形跡がない。
もしかしたら世の本好きは、今月下旬に控える「神田古本まつり」(青展)に備えて、財布の紐を固くしておられるのでしょうか。
その青展の準備で、市場に行っても、神田支部の本屋さんたちは何やら落ち着かない様子です。一昨日は、会館1階の荷捌き場で、公式ガイドブックやら、古書店マップなどが、支部員に配布されておりました。
ガイドブックは市販品ですので、まだ入手しておりませんが、マップは一足先に一部お分けいただきました。今、神保町の本屋さんを回れば、手に入れることができるはずです。などと宣伝すると、ますます他地区は閑散としてしまうかもしれませんが。
宣伝ついでにもうひとつ、本日から「東京古書組合所蔵資料展」が、古書会館2階の「情報コーナー」で開かれております。このチラシにもありますように、これが今年の東京組合の「古書の日」イベント。
10月4日の「古書の日」は、交換会と重なって会館を使えませんでしたので、日をずらし、「古書月間イベント」としたわけです。
東京古書会館の前身となるものが、現在地近くに初めて出来たのが、今からおよそ100年前。組合が発足するのは、その数年後のことになりますが、この機会に手元にある資料を見直し、さらに組合員にも呼び掛けて新たに集めたものなどを併せ、展示しております。
かくいう店主は、今日、会館まで行ったものの、会議が始まる5分前でしたし、帰る時には閉まったあと。まだ展示会場を見ておりません。明日は、明古のお手伝いの合間にでも、少しばかり抜け出し、見せてもらおうと思っております。
ちなみに東京組合は2020年、オリンピックの年に、創立100年を迎える勘定です。
もしかしたら世の本好きは、今月下旬に控える「神田古本まつり」(青展)に備えて、財布の紐を固くしておられるのでしょうか。
その青展の準備で、市場に行っても、神田支部の本屋さんたちは何やら落ち着かない様子です。一昨日は、会館1階の荷捌き場で、公式ガイドブックやら、古書店マップなどが、支部員に配布されておりました。
ガイドブックは市販品ですので、まだ入手しておりませんが、マップは一足先に一部お分けいただきました。今、神保町の本屋さんを回れば、手に入れることができるはずです。などと宣伝すると、ますます他地区は閑散としてしまうかもしれませんが。
宣伝ついでにもうひとつ、本日から「東京古書組合所蔵資料展」が、古書会館2階の「情報コーナー」で開かれております。このチラシにもありますように、これが今年の東京組合の「古書の日」イベント。
10月4日の「古書の日」は、交換会と重なって会館を使えませんでしたので、日をずらし、「古書月間イベント」としたわけです。
東京古書会館の前身となるものが、現在地近くに初めて出来たのが、今からおよそ100年前。組合が発足するのは、その数年後のことになりますが、この機会に手元にある資料を見直し、さらに組合員にも呼び掛けて新たに集めたものなどを併せ、展示しております。
かくいう店主は、今日、会館まで行ったものの、会議が始まる5分前でしたし、帰る時には閉まったあと。まだ展示会場を見ておりません。明日は、明古のお手伝いの合間にでも、少しばかり抜け出し、見せてもらおうと思っております。
ちなみに東京組合は2020年、オリンピックの年に、創立100年を迎える勘定です。
2015年10月14日
三方一両損
「今日は買いませんよ」
「じゃ、見るだけ」
「買いませんからね」
「見るだけならいいでしょ」
大きな声でそう言い交わして、表のジャンクおもちゃに取り付くお子さんと、横に立って眺めるママ。ママとは限りません、パパの時もあります。
店番をしている身としては、聞こえて嬉しい会話ではない。ケチな料簡で申し上げるわけではありませんが、いや少しはケチもありますが、この先の展開がほぼ見えていているからです。
見るだけで済む筈はありません。手に取って、やがて遊び始めます。「帰ろう」と促す親御さん、「まだ」と粘るお子さん。そうして遊んでいればいるほど、次には、欲しいという気持ちが生まれてくるのが、自然な心の動きです。
「ねえこれ買って」「買わないって言ったでしょ」という会話が始まるのが、まず8割方。そこからの勝負が、これもやはり8割方は、親御さんの勝利といえますが、かなり犠牲を伴う勝利であることが多い。
買わずに帰るためには、相当の労力を要します。説得、なだめ、すかし、おどし、最後は実力行使。泣き叫ぶお子さんを引っ立てるか、置き去りにするか。
こういう結果に終われば、ママ(パパ)、お子さん、小店、誰一人得をする者はいません。そして冒頭の会話で始まる場合、大半は、こうした結末を迎えるのです。
ですから、買ってあげる気がないなら近寄らせない、ということを強くオススメしたいと思います。それもシツケの内だとお考えなら、何をか言わんやですが。
と、こうして書いているうち、表を通る人たちの声。「珍しいね、本屋さん」「古本屋じゃん」「今どき珍しいよ本屋さん」――Twitterなら恰好のネタになりそう。
「じゃ、見るだけ」
「買いませんからね」
「見るだけならいいでしょ」
大きな声でそう言い交わして、表のジャンクおもちゃに取り付くお子さんと、横に立って眺めるママ。ママとは限りません、パパの時もあります。
店番をしている身としては、聞こえて嬉しい会話ではない。ケチな料簡で申し上げるわけではありませんが、いや少しはケチもありますが、この先の展開がほぼ見えていているからです。
見るだけで済む筈はありません。手に取って、やがて遊び始めます。「帰ろう」と促す親御さん、「まだ」と粘るお子さん。そうして遊んでいればいるほど、次には、欲しいという気持ちが生まれてくるのが、自然な心の動きです。
「ねえこれ買って」「買わないって言ったでしょ」という会話が始まるのが、まず8割方。そこからの勝負が、これもやはり8割方は、親御さんの勝利といえますが、かなり犠牲を伴う勝利であることが多い。
買わずに帰るためには、相当の労力を要します。説得、なだめ、すかし、おどし、最後は実力行使。泣き叫ぶお子さんを引っ立てるか、置き去りにするか。
こういう結果に終われば、ママ(パパ)、お子さん、小店、誰一人得をする者はいません。そして冒頭の会話で始まる場合、大半は、こうした結末を迎えるのです。
ですから、買ってあげる気がないなら近寄らせない、ということを強くオススメしたいと思います。それもシツケの内だとお考えなら、何をか言わんやですが。
と、こうして書いているうち、表を通る人たちの声。「珍しいね、本屋さん」「古本屋じゃん」「今どき珍しいよ本屋さん」――Twitterなら恰好のネタになりそう。
2015年10月13日
余計な仕事
連休明けということも手伝って、午前中、いつもより少しばかり、発送品の荷づくりに追われてしまいました。
特に研究費購入や、図書館納入のための書類作成が、三件ばかりあって、それも一件作り終えると、次のメールが入っているという繰返し。それぞれの書式や要件を確認しながらの作業ですので、案外時間を取られます。
景気の良い話に聞こえるかもしれませんが、一件ずつは、大した金額ではありません。1冊だけのご注文、それも1000円台という公費購入だって、当たり前のようにあります。
昔ならともかく、昨今、そんなことで面倒がっていては、おまんまの食い上げ。たとえ1冊、1000円の書類でも、ありがたく作らせていただいております。
実際のところ、入金までの日数は、全般に以前より早くなっているように思われます。受入側も、細かな処理を手早く進める仕組みが出来てきているのでしょう。多少の手間の違いを除けば、クレジット入金とあまり変わりないと言えます。
ただし、不正支出防止のためと、誓約書やら確認書やらが、やたら送られてくるのには、閉口いたしますが。
今朝、仕事に手間取ったのには、他にも理由があります。クレジット決済いただいた本の表紙に、ややスレイタミがあり、グラシン紙でカバーを付けました。付け終ってふと気づくと、なんと見返しに当たる最終頁が、切り取られていたのです。
それまで気づかないのも、どうかしていますが、ともかくお客様にご連絡し、キャンセル手続きを行いました。お送りする前に分かったのが、せめてものことでした。
今日の洋書会は、小店に向くものが見当たりませんでした。こういう日もあります。
特に研究費購入や、図書館納入のための書類作成が、三件ばかりあって、それも一件作り終えると、次のメールが入っているという繰返し。それぞれの書式や要件を確認しながらの作業ですので、案外時間を取られます。
景気の良い話に聞こえるかもしれませんが、一件ずつは、大した金額ではありません。1冊だけのご注文、それも1000円台という公費購入だって、当たり前のようにあります。
昔ならともかく、昨今、そんなことで面倒がっていては、おまんまの食い上げ。たとえ1冊、1000円の書類でも、ありがたく作らせていただいております。
実際のところ、入金までの日数は、全般に以前より早くなっているように思われます。受入側も、細かな処理を手早く進める仕組みが出来てきているのでしょう。多少の手間の違いを除けば、クレジット入金とあまり変わりないと言えます。
ただし、不正支出防止のためと、誓約書やら確認書やらが、やたら送られてくるのには、閉口いたしますが。
今朝、仕事に手間取ったのには、他にも理由があります。クレジット決済いただいた本の表紙に、ややスレイタミがあり、グラシン紙でカバーを付けました。付け終ってふと気づくと、なんと見返しに当たる最終頁が、切り取られていたのです。
それまで気づかないのも、どうかしていますが、ともかくお客様にご連絡し、キャンセル手続きを行いました。お送りする前に分かったのが、せめてものことでした。
今日の洋書会は、小店に向くものが見当たりませんでした。こういう日もあります。
2015年10月12日
残部僅少
もうあまり、取り上げない方が良いのかもしれません。折り紙の本 Origami Fish Collection が、残り少なくなってしまいました。
一度追加していただいて、しばらく大丈夫だろうと思っていたところ、店で1冊、ネットで1冊というように売れて、ある日、残っていた6冊全部を、まとめてお買い上げの方がおられたのです。
40代くらいでしょうか、男性のお客様で、「外国の友人にプレゼントするのにちょうど良いから」とおっしゃって。
すると、それから1時間もたたないうちに、若い男性が店に来られて、「オリガミの本を…」。そこで事情をご説明し、入荷次第、送料サービスでお送りしますからと、ご住所を聞き取って、代金をお預かりしました。
著者に急いで連絡したところ、昨日、ご本人が「これでもう、私のところにも残部がありません」と、5冊ご持参くださいました。
すぐに先のお客様に郵送し、残りを店に並べて、その後また店で1冊売れて、つまり今日現在、並んでいるのは3冊。増刷する予定はないのかとお尋ねしたところ、「内容が古くなってきますから、また新しい作品が出来た時にでも」とのお返事。
なるほど、こうしたものにも鮮度があるのだと、知りました。時代を超えて残る作品というのも、当然あるわけでしょう。それが難しいということも、どの世界でも同じ。彼の作品が、残るものであることを信じます。
今日、良くご利用いただくご近所のお客様から、「『東京人』のバックナンバーが100冊ほどあるのだが」と、ご連絡を受け、手押し台車で引き取ってまいりました。
10月4日の「古書の日」は過ぎましたが、10月は「古書月間」。どちらも一向に知名度は上がりませんけれど、要するに「読書の秋」。今なら売れそうな気がして、早速表の棚を入れ替え、ずらりと並べてみました。
こちらも、早いこと「残部僅少」という状況になってほしいものです。完売なら言うことはありませんが。
一度追加していただいて、しばらく大丈夫だろうと思っていたところ、店で1冊、ネットで1冊というように売れて、ある日、残っていた6冊全部を、まとめてお買い上げの方がおられたのです。
40代くらいでしょうか、男性のお客様で、「外国の友人にプレゼントするのにちょうど良いから」とおっしゃって。
すると、それから1時間もたたないうちに、若い男性が店に来られて、「オリガミの本を…」。そこで事情をご説明し、入荷次第、送料サービスでお送りしますからと、ご住所を聞き取って、代金をお預かりしました。
著者に急いで連絡したところ、昨日、ご本人が「これでもう、私のところにも残部がありません」と、5冊ご持参くださいました。
すぐに先のお客様に郵送し、残りを店に並べて、その後また店で1冊売れて、つまり今日現在、並んでいるのは3冊。増刷する予定はないのかとお尋ねしたところ、「内容が古くなってきますから、また新しい作品が出来た時にでも」とのお返事。
なるほど、こうしたものにも鮮度があるのだと、知りました。時代を超えて残る作品というのも、当然あるわけでしょう。それが難しいということも、どの世界でも同じ。彼の作品が、残るものであることを信じます。
今日、良くご利用いただくご近所のお客様から、「『東京人』のバックナンバーが100冊ほどあるのだが」と、ご連絡を受け、手押し台車で引き取ってまいりました。
10月4日の「古書の日」は過ぎましたが、10月は「古書月間」。どちらも一向に知名度は上がりませんけれど、要するに「読書の秋」。今なら売れそうな気がして、早速表の棚を入れ替え、ずらりと並べてみました。
こちらも、早いこと「残部僅少」という状況になってほしいものです。完売なら言うことはありませんが。