2009年01月25日

駒場懐古:チャンテック

手から口へ、ゆとりとは無縁の店売り商いですが
今日のように穏やかな冬の日差しの日曜日、お昼時など
ふと手が空くと、昔のことを思い出したりします。

今でも新参気分が抜けないのですが、よくよく見回すと
小店より古くからある店は、数えるほどになりました。
昔話をする資格も、少しは出来たかもしれません。

懐かしい話を始めるなら、まずあげなくてはならないのは
喫茶店「チャンテック」でしょう。
インドネシア語CANTIKから取ったと聞きました。
海軍少年志願兵で南洋体験を持つマスターの命名です。

70年代は閉店時間まで学生達がグループでたむろして
熱気にあふれていたといいます。
しかし小店の知る頃は、たまに自主ゼミの学生達が
利用するほかには、昼間もあまり混んでいる様子のない
当時すでにレトロな店でした。

ここのマスターは隣の「駒場駅前ビル」
すなわち以前、河野書店の入っていたビルのオーナー。
つまり小店の元の家主さんです。
「チャンテック」は程なく閉店、しかし、病を得て倒れるまで
店子としてのお付き合いが続きました。
なんにでも一家言ある頑固な親爺さんでしたが
お酒が入るとくつろいで機嫌の良い人でした。
亡くなった後、山手教会で葬儀が行われ、ドん・ボスコの
修道僧としての経歴があったことを知りました。



konoinfo at 14:47│Comments(1)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by ペルル嬢   2009年01月26日 15:43
四方田犬彦著『ハイスクール1968』には、次のように書かれていますよぉ。ご存知でしたか?

「わたしたちが最初愛用していた店はチャンテックだったが、ほどなくして「KEN」へと移動した。チャンテックにはもう二度と行かないという取決めが、暗黙のうちになされていた。当時「ゲバルト・ローザ」という渾名で呼ばれ、マスコミでも多少話題となっていた東大の女子大学院生が、この店の店主の通報によって、警察に逮捕されてしまったからだ。」
もし、当時、駒場に河野書店があったら、きっと四方田少年がいりびたっていたことでしょうね。さぞや生意気な高校生だったはず(笑)

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