2010年01月30日

青春の読書

サリンジャー死亡の報を受けて、いくつもの記事が新聞をにぎわしています。

その殆どが『ライ麦畑でつかまえて』に触れていますが、店主も学生時代、野崎訳で読み、そのまま他の作品へ向かい、翻訳で読める殆どすべてを読みました。

といってもたいした分量でないことは、ご承知の通りです。

当時サリンジャー作品で『ライ麦』より面白いと思ったものは別にありましたが、それでもあの野崎訳の独特の文体は強烈な印象で、訳者の異なる他の作品を読むときも、その世界に引きずられていたような気がします。

村上春樹訳が手に入ったとき、少し開いて読み始めましたが、まるで違う小説のようで、となると改めて読み進める気になれず、じきに本を閉じてしまいました。

単に店主が年取ったというだけのことかもしれません。

もちろん当時でも発表から20年近く後の邂逅です。それでも強い同時代感を覚えることができたのは、野崎氏の力だったのかもしれません。そして、そのように読んでこそ、あの作品の面白さがあったように思います。

ともあれ原作を味わう力を持たないものにとって、サリンジャーという作家以上に、野崎孝という訳者を得たことの方に、より大きな幸運があったと思うのです。

konoinfo at 18:24│Comments(0)TrackBack(0)

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