2010年11月24日

翻訳大国

「失われた時を求めて」は、読まれない名作の一つでしょう。何しろあの分量、翻訳原稿にして一万枚とか。

この春、古い友人の一人が「ついに読みきった」と興奮気味に話していました。確かにそれは大いなる達成かもしれません。

しかしその読むだに難事業の作品を、個人で全訳した人が二人もいる日本という国は、まことに翻訳文化の超大国です。

お二人は、言わずと知れた井上究一郎、鈴木道彦の両先生。今朝の車中のラジオで、井上訳の開始が1984年、鈴木訳が1996年(いずれも完訳版の)と聞いて、その間隔の短さに驚きました。

店主らの世代にとって「失われた…」と言えば、新潮社の共同訳の分冊版(1953年〜)。合本7冊で出たのは1974年、高くてとても手が出なかった記憶があります。古本でも長いこと高かった。

一方で世界文学大系(筑摩書房)に「プルースト」(1960年)の巻があり、あの三段組で井上訳を読み始めてすぐに挫折した身としては、両訳の間にはもっと長い隔たりがあったような気がしていたのです。

しかしもっと驚くのは、鈴木訳が完結してから今日までに、すでに10年近い月日が過ぎていると言うこと。時の流れの不思議さ、ちょっとプルースト的な主題ですね。

午後、ボオドレエルの研究書を6冊ほどリストしておいでの客様が、ご来店。ありますかと尋ねられて、慌てて裏の在庫をひっくり返し、苦労の末、どうにか全点揃えてご覧いただき、4冊をお買い上げいただきました。

本があって良かった。店番がいて良かった。でも出来れば次からは事前にお知らせくださいと、お願いいたしました。

konoinfo at 18:44│Comments(0)TrackBack(0)

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