2011年11月30日

学問の変遷

大部の本に、僅かばかりの鉛筆線が見つかり、この線が上手く消えるかどうかで、付ける値も変ってきますので、試しに一箇所消してみました。

用紙によっては、紙がささくれて、きれいに消せないこともあります。もちろん鉛筆の品質によっても、跡が残ってしまうものがあります。この本は、どうやら上手く消せそうです。

植垣節也『風土記の研究並びに漢字索引』(風間書房、昭47、昭58再版)というのが、その本。震災直後、Y先生からダンボール数箱お送りいただいた中にあった一冊です。

案外楽に消せて、他に線のある箇所もそれほど多くありません。この際、消せるだけ消すことにしました。そのうちの一箇所に、こんなところが。

「たとへば本居宣長なども播磨国風土記の存在を知らずに死んだことは、気の毒であった」

思わず、前後を少しばかり読まされてしまいました。Y先生も興味を惹かれたらしい。店主のような単なる好奇心とは、ワケが違うのでしょうけれど。

しかしこうした文章は、「概説の部」として64頁。そのあと「索引の部」が987頁。こちらはただ、労作と感心するほかありません。風土記に使われた「全部の漢字を分類して、その使用箇所と使用例を検出できるようにした」というのです。

序文で小島憲之氏は、「『はやくコンピューターに委せるべきだ』などと取沙汰する新しがりやも少なくない」風潮に対し、索引作りは「自身の研究へとその第一歩を印するもの」RIMG0646とその意義を述べておられます。

とはいえ跋文に「思ひ立ってから十年以上の歳月が流れ、若かった私は分別くさい四十男になってしまってゐた」と、「個人的感懐」を書かざるを得なかった著者は、今ならどのような研究に取り組まれたでしょうか。

konoinfo at 19:30│Comments(0)TrackBack(0)

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