2013年03月30日

正法眼蔵

昨日の明治古典会は月末の特選市でした。

最終台には、立原道造が生前刊行した二冊の私家版詩集のうちの一冊、『暁と夕の詩』(昭和12年)が鎮座していて、見渡したところその日の最終発声は、まずこの本だろうと思われました。

発行部数165部、しかも二種類の異版があるとされますが、それぞれが何部ずつであるかについては、門外漢に過ぎぬ店主などの、よく知るところではありません。いずれにせよ日本の近現代詩集の中でも、極北に位置する一冊であることは確かです。

何より昨日の一冊は、献呈署名の、その献呈先も著名な現代詩人であり、そのことでさらに価値は高いと思われました。

実際そのとおり、同書が最後の発声となったのですが、昨日の市全体を通しての最高落札額というわけではありませんでした。思わぬところに伏兵が潜んでいたのです。

RIMG0115その本『正法眼蔵』は、最終台よりひとつ前の台で開札されるまで、居合わせたほとんどの業者の注目を引くことはありませんでした。競い合った二店の仏書専門店を除いては。

店主にしたところで、驚くような額で落札された後、にわかに野次馬のようにその周りにたかる同業者の背後から覗き見るまで、そこにそんな本があったことすら気づいておりませんでした。

見たところそれほど古いとは思えない和装本で、題箋には『正法眼蔵』という文字と、上部に丸に囲まれた「永平」という文字が刷られています。ところが開いてみると、実に端正な写本。

荷受をし、陳列をした会員の話では、それほど価値のあるものだとはまったく思わなかったと言います。確かに和本の場合、よほど古いものでなければ、写本より活字本の方が価値が高いことが通例です。他の多くの同業も、同じように感じて見過ごしていたのでしょう。

その本の価値を知っていて、他に誰がそれに気づいているかを推し量りながら入札する心境は、多かれ少なかれ誰にでもあるものです。しかし今回は大物。足早に会場を去る二番札の業者さんの、悔しげな背が印象的でした。

konoinfo at 18:30│Comments(0)TrackBack(0)

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