2017年04月07日
ある訃から
一昨夜でしたか、ニュース番組で、大岡信さんの死去を知らされました。
明けた昨日の朝刊では、朝日新聞ということもあり、その事績などが大きく取り上げられていましたが、店主としては、おなじ紙面の下段に小さく出ていた、加川良さんの死亡記事のほうに、より胸を衝かれました。
大岡さんのように長く活躍された方と違い、その名は限られた時代の、限られた年代にしか記憶されていないかもしれません。
だからこそ、ある時代の記憶と分かちがたく結びついていて、それを呼び覚まされることになったのだと思います。
店主が大学に入学した1960年代後半は、いわゆる関西フォークの全盛期でした。一度どこかのホールへ、数多くのバンドやソロプレイヤーが、延々と演奏を続ける催しを見に行ったことがあります。
そんなことを忽然と思い出したのでした。それがどこだったか、また一緒に行った仲間がいたはずですが、それが誰々だったか、そうしたことはすべて忘却の彼方です。
誰に聞けばそれを確かめられるだろうかと、思いを巡らせてみると、すでにその機会が失われた友が幾人かいることに、あらためて気づきました。
それは確かに気落ちする事実ですが、おかげで今度は、その友たちのことを、しみじみ思い起こすきっかけともなったのです。
明けた昨日の朝刊では、朝日新聞ということもあり、その事績などが大きく取り上げられていましたが、店主としては、おなじ紙面の下段に小さく出ていた、加川良さんの死亡記事のほうに、より胸を衝かれました。
大岡さんのように長く活躍された方と違い、その名は限られた時代の、限られた年代にしか記憶されていないかもしれません。
だからこそ、ある時代の記憶と分かちがたく結びついていて、それを呼び覚まされることになったのだと思います。
店主が大学に入学した1960年代後半は、いわゆる関西フォークの全盛期でした。一度どこかのホールへ、数多くのバンドやソロプレイヤーが、延々と演奏を続ける催しを見に行ったことがあります。
そんなことを忽然と思い出したのでした。それがどこだったか、また一緒に行った仲間がいたはずですが、それが誰々だったか、そうしたことはすべて忘却の彼方です。
誰に聞けばそれを確かめられるだろうかと、思いを巡らせてみると、すでにその機会が失われた友が幾人かいることに、あらためて気づきました。
それは確かに気落ちする事実ですが、おかげで今度は、その友たちのことを、しみじみ思い起こすきっかけともなったのです。
konoinfo at 23:12│Comments(0)│TrackBack(0)│
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