2018年03月01日

本を売った話

ああ、このことだったのだ――と、かつて松村書店三代目の松村栄一さんから聞かされた話を思い出しました。

『日本文壇史』第13巻、その前半は、永井荷風と石川啄木について交互に語られていきます。貧しさにあえぎながらも、小説家になる夢を捨てられない啄木。恵まれた家庭に育ちながら、放蕩を重ねて身の定まらぬ荷風。

読んでいて、こちらが焦燥感にとらわれるような、青春の日々が描かれています。

その啄木が、金田一京助の世話で、ようやく露命をつないでいるあたりのエピソードに、松村書店の名が登場してくるのです。

二人が住んでいた下宿屋で、金田一は啄木の下宿料もほとんど立て替えて払っていました。ある時、その催促の仕方が腹に据えかねることがあって、金田一は下宿を代わろうと思い立ちます。

金田一は明日全部払うと言って、神田の古本屋松村書店へ葉書を出し、文学関係の蔵書の大部分を売り払うことにした。彼はそのことについて啄木には何も言わなかった。翌日松村の主人が彼の蔵書を見に来たとき、啄木は与謝野寛と一緒に鴎外のところへ出かけていて留守であった。金田一の売ろうという本は四十円の値がつけられた。二三日して松村はそれを引き取りに来たが、それは荷車に二台もあり、尨大な量であったので、それが運び出されるのを見たとき下宿の主人は狼狽した。金田一はその中から十円を下宿に払った。

RIMG2659店主が松村さんから聞いたのは、その昔、金田一の蔵書を買い取ったということ。それが何のためであったか、先々代から聞かされていたのでしょう。

「啄木、あいつは悪いやっちゃ。金田一さんはええ人や」酒が入ったとき、なぜか妙な関西弁になる松村さんが、しきりとそう繰り返したことを思い出したのです。

konoinfo at 19:30│Comments(0)

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