2019年11月07日

ふつうのこと?

KIMG1189先日少し触れた『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』は、辞書編纂者として名高い見坊豪紀と山田忠雄について書かれた本です。

そのなかで、見坊さんは生涯に145万枚に及ぶ言葉の用例採集カードを残されたとありました。人間業ではないという後継者の言葉も紹介されていましたが、確かに想像するだに大変なものだと思います。

3人のお子さんの思い出も、当然のように作業に没頭する父の姿ばかりのようで、末娘さんの言葉によれば、正月元旦にトランプをしてもらったのが、唯一、子どものころ遊んでもらった記憶だそうです。

なぜなら、その日は複数紙を購読していた新聞の配達がなく、いつものように端から端まで読む、その時間が空くからだというのです。

この話を家人にしたところ、「元旦の朝には新聞が届いていたはずだ」というツッコミを受けました。

そう言われれば確かにそうかもしれません。まあそれなら正月2日ということでもいいわけですが。

しかし家人はさらに続けて「子どものころ、お父さんに遊んでもらった記憶のない子供は珍しくない」と言います。現に店主だって、ロクに遊んでやったことはないではないかなどと、思わぬ方向に話が向かいました。

要するに子を顧みる暇もなく、仕事にかまける親は多いのでしょうが、その誰もが、何事かを成し遂げられるわけではありません。

ケンボー先生の偉業は、誰にも真似られるものではないのです。

konoinfo at 21:12│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

毎日営業いたしております
Profile

河野書店

Archives