2019年12月12日

書けない話、書かない話

『洋書会史』を、ようやくまとめ上げました。

あとは細かな事実確認が残っているだけ——と思ってからが長い道のりでした。その事実を確認することこそが、最も困難なことだったのです。

特に手間どったのは、洋書会が古典会と、旧会館の1階2階を交互に使ってきた経緯。それともうひとつ、会員名簿から「名ばかり会員」が消えるに至った顛末。

後者については、霧が晴れるように明らかになりました。細かな話はいたしませんが、それを詳らかにできた一番の要因は、まだこの20年ほどの間の出来事だったからです。

仲間の記憶をもとに、記録を探し出すことができました。もっともその結果、書けない部分の方が多いことも分かったのですが。

前者については半世紀前のことですから、記憶している人が見つかりません。この人ならと思って尋ねても、一様に「さて?」という返事ばかり。

1970年に現在の曜日制のもとになる形がスタートしたのですが、それが固定化するまでは数年の紆余曲折があったようです。結局一番詳しかったのは『古書組合五十年史』の「洋書会史」。1976年まで記述があり、そこまでの事情はある程度分かりました。

しかし同書には不思議な一文もあったのです。1979年から金曜日に単独開催するという確約を取り付けて、火曜日開催継続を受け入れたというのです。

新たな謎です。なぜそれを望んだのか、なぜその望みは叶えられなかったのか。

IMG_20191210_080505ここに深入りしては、とても時間が足りません。そして調べて書いたところで、話が些末な方向に向かうだけ。調べてみようとは思いますが、この部分は書かないことに決めました。

konoinfo at 19:30│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

平日午前10時〜午後7時、土日祝日は午前10時から午後6時まで、毎日営業いたしております
Profile

河野書店

Archives