2020年07月05日

「物書き」で古本屋

家人が購読している岩波『図書』の、7月号が届いているのを見つけました。

お茶の時間に手に取って目次を眺めると、まず目に入ったのは「古本屋」の文字。切通理作さんが「古本屋は、無限の世界とつながっている」という文章を寄せておられます。早速読みました。

昨年初めの閉店が、マスコミなどにも取り上げられた阿佐ヶ谷駅近くの「ネオ書房」。切通さんは現在、その店のご店主なのだそうです。

すでに知られた話なのでしょうが、店主は初めて知りました。それに至るいきさつと、店を開けてみて感じたことなどが、興味深い話にまとめられています。なかで店主が気に入ったのは、次の一節。

その時「この人にとっては、べつにうちが駄菓子屋であろうが、古本屋であろうが、総菜屋であろうが、今この時に欲しいものがあれば、なんだっていいのだ」という真理に目覚めた。

「この人」というのは、中棚を取り払った後に作った駄菓子コーナーに置いた「なんちゃってオレンジ」を、本物の醤油と間違えて買おうとした通りすがりの主婦とおぼしき女性。以後、棚揃えに関し肩の力が抜けたとか。

また、店に置いていた古いレコードを、開店用に買ったプレーヤーにかけた途端、眠っていたものが「ある日突然復活する」醍醐味を感じたことから、標題となった一節に続いていきます。

RIMG4351古書や古いソフトを扱う店というものは、この世の中のどこかに眠っていて、目覚めさせられるのを待っている、無限の〈世界〉につながっているのだと実感するようになった。

共感しながらも、これからの「古本屋」が、自分ひとりの食い扶持稼ぎでもなく、古本ビジネスでもなく、ささやかながらも生業として成りたっていくためには、何が必要だろうかと、あらためて考えさせられました。

konoinfo at 18:30│Comments(0)

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